アニメにおけるブロックチェーンのススメ ―― 興行1兆3,700億円のディズニーを超えるには? 

第一章:ディズニーという名のメディア・コングロマリット

映画=文化

今日、ディズニーという単語を聞いて、何を連想するだろうか。多くの人が、ディズニーランドやアニメーション作品のファンタジックな「夢の世界」を思い浮かべるのではなかろうか。

それはもしかすると、ファミリーやカップルが楽しめるコンテンツやアミューズメントを提供する総合エンタテインメント・カンパニーというイメージに近いかもしれない。

確かにディズニーは、2019年だけでも記憶と記録に残るアニメーションや実写のエンタテインメント映画をいくつか発表した。

ディズニーランドには新たなアトラクションやゾーンを発表し、質、量共にエンタテインメント産業に占める存在感を盤石なものにしている。

ここではディズニー映画に絞ってみよう。

2019年に封が切られた下記の「広義」のアニメーション映画4作品の予算と世界全体の興行収入を俯瞰してみると、制作費790億円に対し、興行収入は5,570億円に上っている。売上は予算の7倍で、原価率はおよそ15%となり、非常に優秀な数字である。

『ライオン・キング』

  • 予算260億円
  • 興行1840億円(歴代アニメーション興行収入1位、歴代興行収入6位)

『アラジン』

  • 予算180億円
  • 興行1100億円(歴代興行収入37位)

『アナと雪の女王2』

  • 予算150億円
  • 興行1500億円(歴代アニメーション興行収入2位、歴代興行収入10位)

『トイ・ストーリー4』

  • 予算200億円
  • 興行1130億円(歴代アニメーション興行収入5位、歴代興行収入33位)

しかしディズニーには、これらの上をゆく実写映画の歴代興行収入のNo.1を10年ぶりに塗り替えた作品があった。

『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』である。予算360億円に対して興行2,950億円という驚異的な成績を収めた。原価率はおよそ12%になる。

2019年、ディズニー傘下のMarvelブランドからは上記のほかにエッジの効いた映像表現で評価された『スパイダーマン:スパイダーバース』が公開され、Star Warsフランチャイズからは待望の『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』も上映された。

こうした作品群を含めて集計を取ると、2019年のディズニー映画全体の興行収入は1兆3700億円となり、単体の制作会社としてはもちろん世界一の成績だ。この数字は、アメリカ全体の興行収入の40%を占める。(1)

単純に映画の興行収入の数値として見ても、ディズニーの規模は計り知れない。

同年、日本で公開された全ての作品の興行収益を合わせても2612億円弱であるから、『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』にすら勝てない。

この対比はディズニーの強さを際立てる一方だ。もちろん世界全体がマーケットであるディズニーではあるが、これらの収入のだいたい1/3はアメリカにある。(2)

アメリカの映画文化と戦略的に付き合うディズニー

ディズニーの存在感を示すのはこれくらいにして、少し角度を変えて、アメリカでの「映画」の位置付けに簡単に触れておこう。

北米では映画鑑賞が時節やシチュエーションに合わせた一つの代表的なレクリエーションである。

イースターには子供向け映画が頻出し、メモリアル・デーや独立記念日には戦争映画や巨大予算のアクション映画に加えファミリー層に向けた作品が公開され、秋が深まる感謝祭やクリスマスの週末には、アカデミー賞を狙うようなドラマ性、芸術性、技術性の高い作品のほか、その年の主要な作品がリリースされる。

アメリカでは、こうした季節のイベントの前後で、家族全員で映画館に行く光景がよく見られる。

ところで、上記の興行収入はアメリカ単体では達成不可能な数字だった。アメリカが占めるのは全世界の1/3である。

興味深いことに、こうしたアメリカン・カルチャーと同調した映画の季節性は、エンタテインメントであるかぎりにおいて、西欧や宗教性といった枠組みを貫いて全世界の市場で広く受容される傾向にある。

ディズニーはアメリカの時節の間に作品をまんべんなく分散させて、固有なイベント性の解釈をうまく薄めているように思える。

現にディズニーはアカデミー賞以降、3月から秋まで毎月1〜2作品をリリースし、ワンテンポ呼吸を入れてから、期待値が高いメジャー・タイトルを感謝祭とクリスマスの時期に公開している。

こうした「映画の文化」とも呼べるイベント的な一回性は「ハレ」の日の演出を要求する。家族や友人らで映画を観終わると、まずは「映像が美しかった」とか、「すごいアクションシーンのクオリティ」といった印象論が展開される。

内容についての細かい解釈は、もしあるとすれば、帰宅してからウイスキー・グラスを傾けながら、といった状況を待たねばならない。やはりアニメーションにおいても、3DCGを主体とした映像の「リッチさ」が求められる傾向は疑う余地がない。

しかし、そんなディズニーであっても、映画の興行収入1兆3,700億円は、ディズニー全体の7兆3400億円という利益からすると、たった1/4を占めるのみとなる。

とすると、ディズニーはエンタテインメント・カンパニーではないのだろうか。

ディズニーが行なってきた、ヴァーティカル + ホリゾンタルなM&A戦略

2019年は、北米の映画産業におけるディズニーの盤石さが顕著となった年であったが、それ以外にも、より大きい視野で「メディア」カンパニーのプレイヤーとしてのディズニーにも注目が集まった。

北米にはBIG 4と呼ばれるメディア・コングロマリットが存在する。

ディズニーは1996年にABCを買収しテレビ放送網を持ったわけだが、配信技術や視聴側のテクノロジーが進化したことで、みるみるメディアのあり方が変わって、旧来の地上波やケーブル放送が立ちゆかない時代が到来した。

2017年にストリーミング技術のBAMTechを買収し、スポーツチャンネルESPN+やDisney+など独自の配信プラットフォームの準備に入っていたディズニーは、2019年にFOXを買収してコンテンツ事業の拡充を図りつつ、Foxが持っていたHuluの30%を手中に収め、オーナーシップを60%まで拡大した。

その他、配信ではインドのプラットフォームHotstarや、Marvelコミックの無制限配信メディアMarvel Unlimitedを含め、ディズニーはプラットフォーマーとしても5つのチャンネルを持つまでになった。

こうした動きはヴァーティカルな買収と言える。

ディズニーは、もともとあった制作や音楽出版を行なうディズニー・スタジオに加え、2006年に買収したPixarは3DCG技術を持ち込み、2007年には劇場や映画配給事業を持つブエナビスタを買収、そしてABCのテレビ放送、A+Eがもたらしたケーブル放送、FOXのコンテンツ事業、BAMTechの配信技術など、メディアの流通に関わる分野を総なめにしている。

BIG 4

  • コムキャスト(ユニバーサル、NBC)
  • ウォルト・ディズニー・カンパニー (ディズニー、FOX エンターテインメント、ABC)
  • バイアコムCBS(パラマウント、MTV、ニコロデオン、CBS)
  • AT&T (ワーナーブラザーズ、TBS、CNN、DirecTV)

いまやディズニーは7兆3,400億円の利益を生み出す巨大メディア・コングロマリットであり、このBIG 4の中でも頂点に君臨している。

このメディアに乗せるコンテンツをもたらすものこそが、ホリゾンタルM&Aの対象となる。

ディズニーが保有するコンテンツには、原作の宝庫であるMarvelコミック、インディ・ジョーンズやStar Warsを保有するLucas Film、ドキュメンタリーを提供するナショナル・ジオグラフィック、スポーツ専門チャンネルESPNなどがある。

ディズニーはヴァーティカルな買収とホリゾンタルな買収を駆使してメディアとコンテンツの両方を手にいれることに成功している。

世界を広く見渡してみても、ディズニー・グループに匹敵するメディア・コングロマリットは存在しない。

ドイツのベルテルスマンで2兆円、SONYグループで1.5兆円ほどだ。

この状況下で、日本のアニメがディズニーのアニメーションに対抗しうる術は残されているのだろうか。

第二章:スケーラブルな権利ビジネスの可能性

日米における著作者人格権の差異

日本のアニメ産業は、テレビ放送や劇場公開による一次収入と比べ、二次利用の収入が格段に上をゆく。

もともと地上波のテレビ放送が、玩具やソフトを売るための広告的な位置付けだったことも関係している。

AJA日本動画協会による「アニメ産業レポート2019」によると、2018年の広義のアニメ産業規模は2兆1,800億円だ。(3)

これを知ると、いかにディズニー作品の一次利用の興行収入の1兆3700億円が恐るべき数字であるかがあらためて窺い知れる。日本のアニメ産業は、その半分の1兆円が海外売上となっている。

国内で最も大きい比率を占めるのは商品化権で5,000億円、次にパチンコなど遊興が2,800億円、TV放送が1,150億円、配信が590億円と続く。

以前は好調だったビデオグラムは下火となり、580億円だった。肝心の映画の興行収入は全体で420億円と、先ほど挙げたディズニーのどの単体の作品よりも下回っている。

産業の規模を数字だけを見れば、映画、放送、配信など一次利用の合計で2,160億円と、ディズニーの映画二作の興行収入にしかならない状況が明らかになった。

唯一、「広義」と但し書きが付与されてはいるが、商品化や海外販売含めた二次利用には、日本のアニメ産業にもスケール化できる余地がありそうだ。

だがその場合でも、メディア・コングロマリットとしてのディズニーのようにメディアとコンテンツを集中させたほうが、より包括的なビジネスを展開できるのではないだろうかと仮説が立てられる。

ご存知の通り、日本のアニメ製作のほとんどが製作委員会方式を採用している。

理由はいくつかあるが、アニメへの出資と商業的な失敗のリスクをヘッジするため、委員会を結成して権利を細かく切り分けて、それぞれの分野を得意とする企業が部分的に出資するのが通常である。しかも案件毎に委員会は組み直される。

アニメのように目の肥えた視聴者に支えられるコンテンツ産業では、数ある作品の中でヒットを飛ばすのは容易いことではない。

製作委員会は、そのリスクを減らすために適切な方法論だと位置付けられている。

しかしながら、いずれにせよ著作を用いてビジネスを行うのであれば、メディア統合は難しいとしても、ホリゾンタルな買収を行なって、出版社やIPホルダーの企業や作者を取り込んだら良いのではないだろうか。

ここで向き合わなければないない課題となってくるのが、北米と日本の著作権の扱いの違いである。

まず日米共に、著作者は死後70年経たないかぎり、恒久的に著作者である。この人物や法人は、その著作物の著作権者として商業利用することが可能だ。

だが、著作者の同一性を含む著作者人格権(moral rights)といった著作者の最終的な尊厳とも言えるものは必ず著作者に残る。

だから、たとえ自ら創作した著作物のアニメ化が決まって著作権を製作会社に譲渡していたとしても、制作中に何か意思と異なる表現があった場合、制作を止めることができてしまう。

したがってアニメ制作スタジオが、フリーランサーであれ拘束であれアニメーターに仕事をお願いする時には、業務委託契約書や覚書の書面には「著作者人格権を行使しない」という旨の条項が含まれている。

一方、アメリカでは、州法によっては個別の著作権法が施行される場合もあるが、著作者人格権は伝統的に認識されておらず、著作物に存在するあらゆる権利と共に売買される対象となるため、個人または法人間の契約書に優位性がある。

そのため、ディズニーは著作者から作品に関わる全ての権利を買い上げて、スムーズに安定的に商業化できるアメリカの著作権法を最大限に利用していると言えるだろう。

アメリカでは買い上げの際に著作者に発生するインセンティブがあれば、著作者は対価を受け取ることになり、元来の著作権法の目的が果たされていると考えられるかもしれない。

だが、文化の発展という意味ではどうだろうか。

日本にかぎって述べるとすれば、著作権法には、「著作物等の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法 第一条)とある。

文化の発展は、たとえ同じ著作物やアイデアであっても、別の人間が扱うことにより、弁証法的に様々な表現の可能性に開かれることで生まれるのではないだろうか。

ファン・アートの取り締まり

以上のようにアメリカでは一箇所に著作権を集中させることができるが、反対に、新しい創作のきっかけを見つけづらかったり、マニアックなファンに向けた商品開発や同人によるマーケティング戦略を取りづらかったりすることもある。

ファミリー層に向けられたアメリカのアニメーションと異なり、日本のアニメは大人が見るタイトルが多いため、より斬新な世界観や、こだわりのある商品展開が効果的だ。

大人の、しかもマニアックなファンの財布の紐を緩ませる商品を企画するとなると、最大公約数のような商品よりも、ニッチで購買欲を誘うような仕掛けのある、限定ロットの高額商品がどうしても必要になるだろう。

そんな時、同人=ファン・アートは凄まじい威力を発揮する。

プロ顔負けのスキルを持ったファンがコアなユーザーに向けてワンオフのイラスト、フィギュア、プロップ・レプリカ、レジンキットを販売するのだから、メーカー側は商品開発の方向性や規模感をより明確に予測することができる。

このようなイベントは日米共に存在する。アメリカでは、カリフォルニア州のサン・ディエゴで毎年開催されるComic Convention(通称コミコン)が有名だ。

ここに漫画家やイラストレーターなど作家が集まりブースを持つ、アーティスト・アリー(Artist’s Alley)があるが、二次利用の許可を得ていない同人作品には、会場を回遊しているメーカーの厳しい目が光る。

もしメーカーに見つかってしまえば、はじめは注意書きが記された文書を渡されるだけで済む場合もあるが、二度目以降には容赦は無い。

日本の柔軟な「当日版権」

日本のワンダーフェスティバル(通称:ワンフェス)には、「当日版権」というシステムがある。

イベントの当日のみ、メーカーから版権使用許可を得たアマチュアがモデルやキットを販売し利益を得ることができる。

数千から数万ユニットを販売するメーカーとは異なり、同人で作ったコア・ファン向けの商品はせいぜい数十個が良いところだろう。

それでいて、ガレージキット、モデル、プロップ・レプリカなどのクオリティは高く、メーカーとしてもブランドの訴求を広げられるという期待値もあり、柔軟な対策が講じられている。

仕組みとしては、事前に販売する商品内容を申請し、サンプルを提出し、版権料を支払うことで許諾を得ることができる。

この構造には、ファンの熱意が押し拡げるブランドのリーチだけでなく、メーカーには荷の重いマニアックな商品開発の一部の役割をファンたちが担っている部分もあるだろう。

これは日本らしい柔軟さであり、商品を細かいファン層に届けるための一つの有効な手段である。

クリエイティブ・コモンズ

著作権の柔軟性といえば、2001年にローレンス・レッシグが提唱したクリエイティブ・コモンズにも著作物の再利用に関する進歩的なスタンスを見ることができる。

クリエイティブ・コモンズは、著作者が自らの著作物の利用の際にどのように扱ってほしいかという意思表明を付与できるライセンス手法である。

利用の条件には表示・非営利・改変禁止・継承の4種類があり、これらを組み合わせることで6通りのパターンを設定することができる。

最も自由度が高いのが、「表示」のみの条件であり、原作者のクレジット表記のみで作品を利用できる。

次に「表示」と「継承」の組み合わせでは、改変は可能だが、改変された著作物も、オリジナルと同じコモンズ・ライセンスの組み合わせで公開するという条件だ。

三つ目は「表示」と「改変禁止」。作者のクレジット表記と内容の改変をしなければ商業目的に使うことができる。

四つ目の「表示」「非営利」では、作者のクレジットを表示しつつ、非営利であれば、内容を改変することができる。

五つ目の「表示」「非営利」「継承」では、作者のクレジットは必ず表示され、非営利的であれば内容を改変して配布することができ、その改変された著作にも、同じコモンズ・ライセンスの組み合わせが設定される必要がある。

最後に「表示」「非営利」「改変禁止」が最も制限がかかる組み合わせである。作者のクレジットは表示し、販売目的ではなく、内容を改変しないという条件で、作品を配布できるというライセンスだ。

クリエイティブ・コモンズの強みは、3層構造のライセンス記述にある。

この記述は、法律に詳しくない使用者と、従来の利用許諾を読む法律家、そしてメタデータを読み取る検索サイトの三つのレイヤーを橋渡しする重要な役割を果たしている。

まずはじめの「コモンズ証」は、素人でもライセンスの内容がわかるように簡潔にまとまっている。

次に「ライセンス原文」にはコモンズ証と同様の内容が、著作権法に則った形の細かい条項で記載されている。

そして最後の「メタデータ」は、検索エンジンやプログラムが読み取れるコードも付与されているため、一般的な使用者が探そうとした時に正しく表示されるようになる。

ところで、ひと昔前のことだが、ご存知ボーカロイドの初音ミクは、革新的なオープンソースのライセンス形態を採っていた。

運営会社のクリプトンフューチャー社は、従来の音源やBGM制作事業に加え、2007年にパッケージ・イラストにアニメ風のキャラクターを結びつけた歌声合成ソフト「初音ミク」を発売。

年末までにCGM(消費者生成メディア)となるコンテンツ投稿サイトpiaproを立ち上げた。2020年秋の現在においてもサイト内の動きは活発だ。

初音ミクの成功の鍵となったのは、キャラクターの容姿と歌声をうまく結びつけキャラクターの世界観を醸成したことと、非営利的な二次利用を奨励することにより、ファン・ベースのアマチュア的な創作活動が活性化したことだと言われている。

いわばDIY活動や、アメリカではベッドルーム・プロデューサーと呼ばれる自宅スタジオで音源制作を行なうコミュニティにもフレンドリーなボーカロイド・ソフトとして世界的に知名度が高まった。

ソフトウェアの著しい進歩がオープンソースによって後押しされたように、クリエイティブな産業においても、初音ミクの事例は、キャラクターを押し出す戦略を採ったメーカーのブランディングに寄与しただけでなく、ユーザー層におけるDIY文化をサポートし、創作の意欲を掻き立てたことで、一つのランドマーク的存在になったと言える。

この初音ミクも世界標準に歩調を合わせるように、2013年からクリエイティブ・コモンズが採用されている。

アナログハック・オープンリソース

続いて、アナログハック・オープンリソースは、2014年にSF作家・長谷敏司により始まった版権に関わるプロジェクトである。

原著作者ではない第三者から一次創作が発生する可能性を模索している。

長谷の言葉を借りるとすると、現在すでにマルチメディア展開をするときは、それぞれのジャンルに他の著作者がいることが普通になっています」と聞くと、確かに原作からアニメ化やゲーム化する際には、原著作者とは異なる多くのスタッフが常日頃からクリエイティブな決定を下していることから、この意見は腑に落ちるだろう。(4)

さらにもう一つ、アナログハック・オープンリソースには、SF作品のスモール・スタートを援助する目論見がある。

SF作品では複雑な設定が求められることが多いため、設定制作に相当の労力が注がれるだけでなく、途中で辻褄が合わずに崩れてしまうリスクも伴う。

そのため、読者が好きな小説を読むと物語が膨らむように、オープンにされている世界観の設定にインスパイアされて創作したほうが、ビギナーにとっては作品を完成させやすい場合がある。

ただしアナログハック・オープンリソースには、設定を自由に転用するための「ポリシー」が条件として課される。

  1. オープンになるのは世界観と設定であり、もちろん既存の小説のストーリーやキャラクターイラスト、コミカライズ作品は使用不可である。
  2. 世界観と設定を用いて創作したものは、商用で使うことができる。
  3. 創作物の表紙か奥付に「アナログハック・オープンリソースを使用している」と記載すること。

(以下略)

などなど11項目に及ぶ。

ロゴマークによって瞬時に版権の領域を視認できるクリエイティブ・コモンズと比べて、著作権に詳しくない人間は少し気をもむことになりそうだ。

日本の市場特性と版権管理

以上の三つのケースは版権を柔軟に扱うことにより、著作権を管理しつつ新たな創作を活性化するための参考例だった。

当日版権は、オフィシャルの商品企画のきっかけや、ファンベースの特性を測るためのリスク・フリーのプロジェクトとして捉えられるだけでなく、版元の柔軟性を示してコア・ファンを醸成し、息の長いフランチャイズを育てる助けにもなるかもしれない。

クリエイティブ・コモンズやアナログハック・オープンリソースでは、利用できる版権の範囲や扱い方が明確に示されているため、奨励された第三者が著作物を自由に頒布し、あるいは創作の糧とすることに新たな創造性が見込まれていた。

ここで念頭においておきたいのは、いずれのケースも版権を利用すること、つまり二次利用により売上を伸ばしていく手法を基礎としている。

もちろんアナログハック・オープンリソースは一次創作のきっかけを援助しているが、ユーザーからすれば作品の世界観を二次利用的に捉えていることに変わりはないだろう。

既述の通り、日本のアニメ産業の一次利用は2,160億円である。

日本国内のアニメ産業を二次利用の産業規模8,000億円弱が支えていると考えれば、版権を効果的に管理し、使用することが重要になる。

日本では、昔からガンダムやエヴァンゲリオンのようなヒット作品のきっかけは一次利用ではなかった。雑誌やムックに掲載された記事や、時を同じくして再放送された作品の内容が大人たちの目に適うものであったことが、徐々にムーヴメントに結実していく傾向にあった。

北米のように季節とシチュエーションを合わせて劇場で公開すれば売上が立つというものではない。作品の他に、まさに版権を用いる商品化やビデオ販売と、それを支える広告宣伝といった横の展開が大切になってくる。

そこで、出版社、テレビ局、メーカー、広告代理店、音楽出版社、ビデオグラム会社、配信業者、大手制作会社などがノウハウを持ち寄って結成するのが製作委員会である。そのおかげで著作権は細かく管理・使用される。

アメコミの役割

アメリカでは日本のようなきめの細やかな商品化やグッズ展開そして2.5次元的なビジネスは開拓されていない。版権をメディア・コングロマリットに一元化することで、充分な一次利用が実現しているからだ。

日本のアニメの50%以上は漫画原作だが、漫画はそのものは一次利用で成功している。

2019年の「出版月報」によると、2019年の書籍全体の市場規模1兆5,000億円に対してアニメの原作となる漫画の市場規模は5,000億円とされているから、産業の1/3は漫画が占めていることになる。(5)

対してアメリカン・コミックスの産業規模は1,000億円と言われており、日本と比べるとマーケットは小さい。その内実は、およそ47%シェアを持つMarvel、27%のDC Comics、6%のImage、4% のIDW、2%のDark Horseと、上位2社の存在が大きい。(6)

しかしアメリカン・コミックスの市場規模は、コンテンツ産業規模の大きさには比例しない。

アメリカではアメリカン・コミックスの出版社が完全に原著作と著作権を握っていて、ライターや漫画家はその世界内で作品を著作することになる。

例えば、MarvelやDC作品の全てには「ユニバース」と呼ばれるキャラクター年鑑と世界観設定、そして世界内歴史によって構成される巨大なデータベースが存在している。

このユニバースに依拠する形で、毎年多くのスピンオフやサイドストーリー、そしてオルタナティブ作品が、出版社のオフィシャルとして出版されている。

もちろんストーリーを書く人間や、絵を描く漫画家はその都度異なるため、様々な評価の対象となる。

このような半ば同人誌的なアメリカン・コミックスのあり方は、出版社が原作者であり、同一性保持権や著作者人格権の束縛を受けないため実現できる。

翻案された作品は「ユニバース」の設定に準じさえすれば、自由に、かつオープンに取引される。

こうした「別バージョン」の作品は商業的に売買され評価され、いわばインキュベーションの役割を担うことで、映画化される原作の候補者リストとして非常に有効である。

ディズニーはMarvelコミックスの売上で470億円を収入とし、さらにファンから寄せられる評価とプロデューサーらの企画をクロスさせて映像化することができるため一石二鳥である。

こうして俯瞰してみると、コンテンツとメディアを統合させたアメリカは一次利用ビジネス、版権を複層的に捉えマルチ展開を見せる二次利用に重きを置く市場であると言える。

ただしアメリカでは著作権を法人が保有することによる柔軟な原作開発を動力として、統合型の一次利用を進めているため、版権管理にかかる手間やロスが少なく効率が良い。

果たして日本のアニメ産業に可能性は残されているのだろうか。

第三章:ブロックチェーンとクリエイティブ

アート業界を解放したブロックチェーン

少し話をアニメ産業から遠ざけて、アートに移してみたい。

あまり知られていないかもしれないが、アート業界には、ここ10年で最大ののブームが起きている。

市場に中国や中東の富豪ら新しいプレイヤーが参入したこととテクノロジーが進化したため、世界全体で取引額は増加の一途をたどっている。

テクノロジーの進化は、伝統的にクローズドなアート産業の風通しを良くした功績がある。

まず信用のあるギャラリーの画商やオークション・ハウスが、メインの展覧会ビジネスやオークションにネットを導入したことで、アートの売買は遠隔地にいてもできるようになった。

以前は展覧会のオープニング・レセプションに招待されると、その場でアートを物色できたり、後日ギャラリーを訪れた際に、すでにレセプションで売れてしまった目玉商品の残りものであれば買えたりする、サロンやクラブ的なコミュニティが存在していた。

例えばNYを拠点とするガゴシアン・ギャラリーでは、オンライン・ビューイング・ルームを設置し、世界中のどこからでも作品を見られる環境を整えたことで、売上が350%アップしたという。(7)

一方、アートの競売では老舗オークション・ハウスのフィリップス・コレクションやサザビーズのオンライン・オークションが活発になっている。

ここで直面するのが、取引される品物の価値と真正性をいかに確かなものにするかという問題だ。

逆に言うと、アートのように価値が不安定で真正性の担保が専門家に委ねられているアイテムは、どうしても歴史と信用のあるギャラリーやオークション・ハウスに相当なアドバンテージがある。誰もが、たとえテックの天才といえど突然出てきたアートディーラーから高額の作品を買うのは気がひけるだろう。

そこに新しい潮流が生まれた。

ブロックチェーンである。

一般的には私たちがこの単語を聞くと、すぐに仮想通貨が想像される。

しかしブロックチェーンは何も金融に使われるだけではない。あらゆる取引に転用することができる。

ブロックチェーンとは?

ブロックチェーンとは、またの名を「分散型台帳」と言い、ブロックと呼ばれる取引のデータを集めた箱と、それらを繋ぐチェーンの構造からできている。

箱の中身を構成するのは取引データであり、そのデータは一方通行的にハッシュ値と呼ばれる暗号化された文字列へ変換される。

しかもその取引に至るまでのチェーンが枝分かれせず1本になり、順序を完全に把握できる。

チェーンは複数のコンピュータによって形成される分散型ネットワークで検証されているため、データを捏造することは不可能だとされる。

なんだかややこしいので端的に三つにまとめてみよう。

ブロックチェーンは、1.何かしらの取引が発生したときに、その内容を修正・削除できず、2.その取引のトランザクションによって新しくチェーンが作られるため、不可逆的で完全な履歴が残り、3.ブロック内に収められた全ての取引記録に少しでも変化があれば検知できるため、データ改ざんの検出ができるものだ。

したがって、ブロックチェーンを使えば、作品が誰によってどこで制作され、どこで展示され、どのような取引が、いくらで成立してきたかなど、あらゆる履歴を完全に記録することができる。

つまり、ブロックチェーンによって管理されたアートのマーケットであれば、コレクターたちの最大の関心事である真贋証明や来歴、そして価値の変化をリアルタイムでトラッキングすることが可能だ。

シェア・オーナーシップ

ブロックチェーンがもたらしつつあるものはそれだけでない。

19世紀のサロン文化の流れを汲むアーティストとコレクターの間でビジネスを行うギャラリスト(画商)と美術館といった権威的な制度が既得権益として保持してきた価値の付与能力がリセットされる可能性がある。

すでにいくつも存在するブロックチェーンを用いたアート・マーケットに参加すれば、以前ではギャラリストらの脳内で恣意的に紡がれていた価値を高めるための定性的な要素に代わり、作品に内在するあらゆる情報が可視化され、アーティストとコレクターが直接対話し、客観的に価値を決定することができる。

もう一つ、ブロックチェーンだからこそ可能な、新しい形のコレクター像が顕著になってきている。

「シェア・オーナーシップ」である。

ご存知の通り、アート作品は金銭的な指標に照らしてみるとき、その価値は幅広い。数千円で買えるものから数億円、ヘタをすると100億円という作品もザラだ。

コレクターにとってアートを蒐集することはアートへのパッションであり、投資目的でもある。前者はコレクターの個人的な嗜好という計り知れないものがあるが、後者では、扱いが株に似ているところもあり、価値が変動する。

現在のように一瞬にして情報が世界を飛び回って経済活動に影響をもたらす社会においては、作品を1人で所有することは大きなリスクである。

株と同じように、投資家=コレクターは、自らのポートフォリオの多様性を維持しながら、各銘柄における価格低下リスクをヘッジしたいと考えるだろう。

そのため以前から、アート作品もシェア・オーナーの概念が導入されてはいた。

しかし部分的な所有権を他者に譲る際には、その人間の与信確認や取引方法の審査、そしてその人物や法人が存在する国家における財産を巡る法制度の精査など、様々な要因に晒されてきたため、実現は困難だった。

やっとここ数年でブロックチェーンのシステムが導入され、作品にトークンが付与されて所有率が分割され、複数の仮想通貨を媒介しながら複数の人間がアート作品に投資できるようになっている。

800人で1つの作品を所有?

2018年、英国を拠点とするブロックチェーンによるアート投資のマエケナス(www.maecenas.co/)は、アンディ・ウォーホルの『12分義の電気椅子』を世界で初めてブロックチェーンを用いて販売した。

その際、作品全体の49%がトークン化され売りに出されたが、一週間で800人もの購入者がサインし、およそ1.8億円となる31.9%がイーサリアムやビットコインなど仮想通貨によって購入された。(8)

作品の51%を所有するのは英国のギャラリーであるため作品は英国にて展示されているがシェア・オーナーはいつでも作品鑑賞ができる。

あれから二年が経ち、アート作品の部分的所有の事例は増えつつある。

アーティストにとってもコレクターとの直接取引の近道として、ブロックチェーンを使うことができる。現在、アートを扱う様々なブロックチェーンのプラットフォームが存在する。

リアル、デジタル問わず、アーティストはプラットフォームに作品を登録するとトークンを受領することができ、プラットフォームを訪れるコレクターらの目で吟味され、リアルタイムでトークンの価値が上下する仕組みである。

旧来のような画商やパトロンに見出されるチャンスを伺う必要はなく、自らマーケットに参加し、客観的に評価される開かれた環境だ。(9)

あらゆるものが取引可能なクリエイティブ産業

ブロックチェーンは、既存の価値体系で定着したアート作品の取引から、未だ市場に出回っていない新規の作品まで、発信する側も受け取る側にも大きな可能性を秘めている。

すでにデジタル美術館やVR空間におけるアートの展示が実際に行われている現在、VRアートやAIアートなども多く登場している。

例えばマリーナ・アブラモヴィッチによる、世界初となるVRと現実を横断するパフォーマンス作品”The Life”は、VRゴーグルなど視聴をサポートするガジェットと共に、2020年10月に開催されるクリスティーズのオークションに出品される。(10)

https://www.youtube.com/watch?v=VeajXYdTEiE

ファッション産業では、VR空間でのみ着用可能なオートクチュールの衣服が100万円近くの高額で取引されるケースも存在する。(11)

AIが作成したアートも注目されている。

フランスのアート・コレクティブ”Obvious”がオープンソースを用いて書いたAIプログラムは、過去500年間の肖像画を解析し合成し、「エドモンド・ベラミー」という架空の人物を作り上げた。

NYのアート・オークションの権威クリスティーズにかけられた本作は、100万円くらいと予測されていた落札価格を大きく上回り、約4,900万円で落札された。(12)

©️Obvious, “Edmund de Belamy”, 2019

この作品はAIの存在論に加え、著作権やアートの位置付けなどの聖域が一気にかき乱されスキャンダルとなったが、プログラマーら3人によれば、アーティストはAIが生成する多くのイメージの中から自分に適しているものを選ぶポスト・キュレーターのような存在になり、より人間らしい感性が必要になると述べている。(13)

このように、アートの世界ではブロックチェーンやVRなど先端的な技術がいち早く導入され、作品の創造、伝播、鑑賞、取引を劇的に変化させる、注目すべき動向がいち早く始まっている。

クリエイティブに関わる新たな可能性の説明に相当の紙幅を割いてしまったわけだが、ここでやっと筆者なりに、アニメが抱える課題を解決しながら、ビジネスの機会を増やす試論を展開したい。

第四章:ブロックチェーンとインク・ランゲージ

アニメ制作の現場

アニメ業界にはいくつかの代表的な課題がある。

作品数に対して人材が足りていないこと、1話あたりの制作費が低いこと、アニメーターの賃金が低いこと、制作進行と素材管理がブラックボックス化すること、制作スタジオが権利を持てないため自転車操業に陥ることなどである。

アニメ・ビジネスは、海外販売が1兆円と二次利用などライセンス・ビジネスがパチンコ含め8,000億円弱と、産業の大部分を担っていた。

ただし、きめ細やかなライセンス管理を行うには時間と労力がかかる。そのため、実務を担う部隊を持てるのは、版権の使用権を持つ出版社や広告代理店、玩具会社やソフト・メーカー、ゲーム会社や大手アニメ制作会社などのプレイヤーに限られる。

したがって製作委員会方式が妥当な手段として歴史を刻んできた。

だがそのため、肝心のコンテンツを生み出すアニメ制作会社は下請けに成り下がり、定額の制作費の中から売上を捻出しつつ、クオリティを高める試行錯誤に勤しんできた。

アニメーターや進行管理を行なう人材の確保が難しい中、売上を伸ばすためには案件数を増やさねばならず、スタジオのスタッフ一人当たりにかかる負荷は自ら増しているだろう。スタジオ全体が疲弊し、いつの間にかアニメへの情熱が薄らいでしまうかもしれない。

一方、案件を発注するアニメの「製作」側にとっては、初めにGoサインを出した予算と納期そしてクオリティ・コントロールなど様々な部分において、制作スタジオに起こりがちなブラックボックス化がもどかしい。

広告主や視聴者が待ち構えていることを考えると、しっかり放送に間に合うかどうかが何よりも不安である。

何が、いつ、どこで、誰によって作業され、スムーズに進行中なのかボトルネックになっているのかが把握できず、履歴の少なさから、次のプロジェクトになっても解決できない可能性が高い。

アニメ制作途中の絵は著作物?

版権をコントロールするために製作委員会が結成されていることを思えば、制作会社で引き起こる様々な問題をコントロールするには、スタッフ増員とノウハウを要するかもしれない。

そのためには運転資金を増やすこと、つまりいかに制作費を上げるかを考えねばならない。

そこで、ブロックチェーンを導入することを提言したい。

そのためにアニメの著作権をもう一度見てみよう。

アニメは放送される動画が成果物として著作物になるため、法人としての制作会社が著作者となる。

制作途中で大量に発生するスケッチや絵などは、「職務著作」と呼ばれ、著作権法15条では以下のように定義されている。

著作権法 15 条(職務上作成する著作物の著作者) 1.法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で,その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は,その作 成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。 (以下省略)

つまり実際に絵を描いているのがアニメーターであっても、彼らに著作権はなく、先ほどの「著作者人格権を行使しない」という条項で予防する事で、制作会社は著作物の安定を維持できる。

しかし著作物を管理するだけでなく、そこにビジネス・チャンスを見出すことはできないだろうか。

前章で触れたが、アートの創造、伝播、鑑賞、取引には、革新的な新しいムーヴメントが始まっていた。アニメの制作途中の素材をアートと捉えることはできないだろうか。

実際、すでにアートのオークション・ハウスにあっては、サザビーズでアニメのセル画が高額で取引されている。

そこには、ジブリ作品、ドラゴンボール、ちびまる子、名探偵コナン、ドラえもん、ワンピース、エヴァンゲリオン、ガンダム、スラムダンク、アンパンマン、手塚作品など、有名タイトルが並んでいる。

例えばポケモンのレイアウトに仕上げ済みの動画と大判の背景を合わせたロットは、日本円で127万円の落札価格だ。

サザビーズのオンライン・オークションの履歴を軽く眺めるだけでも、これ以外に50点は落札されている。

世界でアニメが注目されていることと、ブロックチェーンの技術を用いれば、制作段階のものであっても価値が生まれることは想像に難くない。(14)

アニメ制作費とブロックチェーン・ファンディング

ここから実際に、例えばアニメ制作途中の素材に商品価値を付与してみたとき、制作スタジオやアニメーターが一体どのくらい儲かるのかをシミュレーションしてみたい。

制作会社は製作委員会から通達される1話あたりの制作費1,000万円を承諾し、バーターとしてアニメの制作過程で生じる原画や動画や背景の所有権を50%得るとする。

残りの50%の内訳は、原作者に10%、それ以外40%は製作委員会で共同所有すると良い。

制作会社で得た50%の所有権は、会社が25%、アニメーターが25%と折半しておく。

TVアニメ1話22分にはおよそ6,000枚の絵を要する。

この全てにブロックチェーンで管理するためのトークンを一枚一枚に設定してから、絵コンテにしたがって全体のカット割りと、1カットあたりの枚数を決定し、それをトランザクション(取引)として記録、ハッシュ値を生成し、ブロックチェーン上で管理する。

これから先の作業は、それ自体がその都度取引として記録されるため、それぞれのカットのどの作業を誰が行ったかの履歴が残ることになる。

通常、セル画の売買では、作品に関わっていたアニメーターや監督が、どの話数でどのカットの絵を描き、どのセルに修正指示を入れていたかを把握するには、スタジオ内の記録を探るか有識者の知見を信じるかなど、想像の範疇でしかなく、真正性が担保されにくい。

ブロックチェーンで管理すれば全ての履歴が保証してくれる。

原画マンの場合

普通、1話あたりの全カット数は300カットあり、原画は1カットあたり4,000円でアニメーターに依頼される。

1カットおよそ5枚なので、本来は1枚当たり800円が相場だ。原画はクオリティを問われる作業であるため、アクション・カットであれば一日1、2カットこなせれば良いほうだ。コスパは決して良くない。

そこで、例えば全ての枚数にトークンが発行されていることを利用すれば、作品の完成前であっても、原画1枚を先払いの予約購入で単価3,000円でブロックチェーン・ファンディングを受けることができるだろう。

まだ公開前であるから、作品を見渡しても誰がどのカットを担当しているかが分からないが、その分、公開後に価値が上昇する可能性にゲーム性がある。

この場合、つまり制作途中の段階で、1枚3,000円の5枚だから15,000円の価値が創出された。

先ほどの料率でアニメーターは25%の所有しているため、現金換算すると3,750円の価値を得ている

もし公開後にそのまま価値が維持されれば、実質のギャランティ4,000円に加えて、1カット5枚のトークンに発生した3,750円に値する価値を得られている。総合すると、1日1カット完成させたとして、売上は7,750円となる。

作品公開後に作画力が認められると、それぞれ一枚の価値が上昇することも考えられる。もちろん逆に価値が下がることも大いにあり得る。

つまりアニメーターは1カット4,000円の定額に求められるクオリティを上回って、実力を発揮し認められれば、収入も増えるというわけだ。

ブロックチェーンの完全なる履歴があれば、こうした数字に後押しされて、さらに画力を高めてキャリア・アップを目指すこともできるだろう。

動画マンの場合

次に動画マンの場合はどうだろうか。動画はアニメーターが通らねばならないきつい仕事だ。駆け出しのアニメーターが1日に担当できるのは1カット平均20枚とされている。

単価は1枚200円であるから、1日あたりの収入は4,000円となる。原画と比べて手の速さが求められつつ単価が低いため、こちらも割に合わない。

動画であれば公開前のブロックチェーン・ファンディングの予約単価の相場は1枚500円といったところだろう。1カット20枚だから、10,000円の価値が創出している。

こちらも25%がアニメーターに寄与されるとすれば、2,500円がアニメーターへ渡る。20枚のトークンに発生した2,500円の価値とギャランティを合計すると1日あたり6,000円になる。

最後に、原画と動画のみのパートが焦点となるが、制作会社のケースを見てみよう。

制作スタジオの場合

1話あたり300カットが存在し、1カットあたり平均5枚であるので、原画の総枚数は1,500枚となる。

先ほどと同じく予約単価は3,000円とすると、制作会社が保有できるのは25%なので、トークンに発生した価値は1,125,000円だ。

動画では、300カットx 20枚の計6,000枚として、予約単価500円に設定し、所有権25%で計算すると、750,000円の価値となる。

合わせて約200万円弱の価値が生まれているが、それだけでは元々の制作費のいくばくかの足しにしかならないと思われるかもしれない。

制作会社にキャッシュが必要であれば、ファンドが集まってからすぐにトークンを仮想通貨に変えて仮想通貨取引所で現金化しても良い。

作品に自信があれば、作品公開後に価値が上昇する可能性を加味して資産として保有することもあるだろう。

以上は、制作スタジオとアニメーターが主体性を持ってビジネスに直接関われるような、ブロックチェーンを用いたアイデアの単なる一つの試算でしかない。

製作委員会は権利を管理するだけでなく、日本の柔軟なライセンスのスタンスを最大限に駆使し、制作スタジオやアニメーターを掻き立て、自ら手がけた作品のクオリティを高めることで利益を生み出せるような方法論を試すべきである。

その見返りは製作委員会にもあるのだ。

ブロックチェーンで産業規模も拡大

最近の傾向を鑑みて、年間の地上波アニメの作品数がおよそ200タイトルだとして、1タイトル毎に1クール13話構成だとすれば、年間2,600話が放送されることになる。

絵コンテや背景、3DCGや彩色を除く作画のみで1話あたり6,000枚の素材が存在するとして、年間の作画枚数は1,560万枚だ。

そのうち原画が1カットあたり5枚計算で年間390万枚。予約段階のトークンに発生する価値にして117億円となる。

動画は1カットあたり20枚計算で2,600話に換算すると年間78億円の価値が創出される。合わせると、アニメの制作過程の素材に価値を付加しただけでも、産業全体に200億円の余剰が生まれている。

もしも、年間に放送された全ての作品が歴史的な大ヒットとなり、作画の全てのセルが高く評価されて1枚あたり100万円の高値が付いたとすると、アニメ産業全体におけるセル素材だけの価値でも、単純計算で1,560万枚 x 100万円で、15.6兆円まで膨れ上がる。

アート・バブルの一つの要因が投機的価値だとすれば、同様のトレンドはアニメ制作の素材の個人所有と売買可能性に見られてもおかしくはない。

デジタル制作とユニバーサル・インク・ランゲージの可能性

ブロックチェーンは、アニメ制作過程の絵などに生じる価値を人間では不可能なレベルで細かく管理し、取引履歴を保持することで、従来のアニメ産業のビジネス・モデルである一次利用や二次利用とは異なる形の価値創出を期待させている。

以上は紙の作画アニメに限ったことではない。

ブロックチェーンはデジタル・ソリューションであるから、デジタル制作のアニメにも向いていることは言うまでもない。

デジタルといえば、アートなどクリエイティブの分野では、質量を持たず、データでしかないアートの価値をどう判断するか、どう扱うか、そしてデータの複製可能性と唯一性をどのように確保するかなど課題は山積していた。

もちろん、現在はブロックチェーンによって複製や改ざんが簡単に検知されるため、たとえデータだけの作品であっても信用されている。

アニメのデジタル制作も同様だ。

ブロックチェーンのトークンが付与された全枚数と全素材をパイプライン・マネジメント・ツールに乗せて使えば、進行管理を行いながら、それぞれ素材と作業を行なった担当者を紐付け、可視化することができる。

しかし問題はそう簡単ではない。

現在のアニメ制作では、紙の作画、デジタル作画、3DCGや2DCG(カットアウト・アニメーション)、仕上げ(着色)で使うTargaファイルの素材、Photoshopで描かれた背景など、素材が様々なフォーマットを横断している。

ツールがアナログとデジタルをまたいでいるだけでなく、作業者が使うガジェットやソフトウェアも異なるため、ブロックチェーン上での「取引」をどのように各ブロックに記録するかが鍵となる。

ゆえに一つの解決策としては、ブロックチェーンとリンクしたパイプライン・マネジメント・ツールの上で、トークンが付与された素材に新しいステータスが発生する、つまり何か新しく作業が終わると自動的にハッシュ値が生成され、素材が変容したことが分かるような仕組みが一つ考えられる。

もう一つは、進行管理の担当者がそれぞれの素材に発生する「取引」の門番として立ち回り、素材に対して作業者を繋いだところで一回の「取引」としてブロックに履歴を残し、作業が終われば素材が新しくなるため新たなハッシュ値が生成され、担当者によって作業が更新されたことが記録されるかのいずれかと思われる。

前者であれば、パイプライン・マネジメントの担当者のアサインの方法によっては、素材を確認した人間と作業した人間の誤差を把握することができない可能性があるし、後者であれば、進行管理の人間のヒューマン・エラーというリスクを拭い去ることができない。

そこで、もう一つ上位のコミュニケーション手法が利用できないかと考えた。

インク・ランゲージである。

ソフトではなく、ペンに発生するインク・ランゲージ

北米のアニメーションや日本のデジタル作画のアニメに使われるタブレットとペンは、業界のスタンダードとなるものが存在する。

そのペンには固有のIDが設定されており、作業者と、作業した作品の固有の一枚を紐づけることが可能である。

このペンによって入力される情報は、その規格に対応するタブレットやソフトウェアそしてOSの存在に依拠している。

作業者が用いるタブレットとソフトウェアの狭間に生じる断絶が問題となっている中で、このID管理は現実味が薄いと言えるだろう。

しかし5Gの通信技術が現実となりつつある中、もしこの技術がクラウドサービスを拠り所とすることができれば、ガジェットやソフトウェアやOSを超越し、記述の部分だけを司るユニバーサル・インク・ランゲージとして、使用者の居場所やガジェットやソフトウェアに関わらず、使用者だけが記述可能な認証を行うことができる。

このクラウドサービスとしてのインク・ランゲージと作業者をリンクし、ブロックチェーン上でトークンが付与された原画や動画と結びつけておけば、描いた絵の筆跡は上位のレイヤー情報として様々なソフトウェア上で再現可能になる。

それだけではない。

インク・ランゲージを用いれば、筆跡を残した場所や時間のデータのほか、ペンにかかる筆圧、角度、速度、頻度、入り抜きの具合などのあらゆる特性はアーカイヴされ、その人物に関わる別のパラメータとの関係性において、具体的な感情を導き出すことも可能になるだろう。

終わりに

本稿は、まず第1章で北米の映画産業を文化的・商業的に紐解くところから始まり、メディア・コングロマリットに姿を変えたディズニーが、ヴァーティカルな買収で放送メディアのチャネルを増やしながら、同時にホリゾンタルな買収も実施してカタログを拡張し、世界中の潜在顧客をより広く深く手中に収め、およそ7兆3,400億円の利益を生み出していることを見てきた。掲題の1兆3700億円はなんと映画の興行収入のみの数字だった。

一極集中とも思える北米のコンテンツ産業の背景には、北米では著作権を完全に買収したり譲渡したりできるため、ビジネスの集中が奨励される構造が見えてきた。

傘下に抱える出版社で開発される新規案件を上に吸い上げるため、著作者であるメディア・コングロマリットは機会と利益を集中させることができる。

これでは単純に真正面から太刀打ちしようにも次元が異なる感が否めない。

そこで第2章で私たちは、日本ならではの著作権の柔軟な商品化や二次利用のビジネスをおさらいし、IPの横展開で実力を発揮する製作委員会の強みと、その他クリエイティブ・コモンズのようなリベラルな版権のあり方を見てきた。

しかし予算や逼迫や版権の管理面で様々な課題があるため、第3章では、アート業界で先行するブロックチェーンの応用を紹介した。

ブロックチェーンは分散型のネットワークで記述される履歴のチェーンが、その一方通行さから改変不可能であるような、理想的な台帳であった。

例えば作品にトークンを付与しておけば、出自の証明や取引の全履歴が残るため、作品の真正性と価値が常に保証される。

そこで筆者は、この方式をアニメ制作に転用できないかと考え、例えばアニメの制作過程に生じる原画と動画にトークンを付与し、それぞれ価値の上下する購買可能な状態にすることで、固定された制作費に対して余剰となる付加価値を創出させる試論を展開した。

海外のオークション・ハウスで高額で取引されるセル画のように、「素材」にも価値があるため、スタジオやアニメーターは、良い仕事をすれば価値が上がり、利益を得ることができることになる。

ブロックチェーンをアニメ制作に用いることは、もう一つの利点があった。

トークンが付与された一枚一枚に、作画を終えた等、何かのタスクが発生するとき、その「取引」はブロックとして履歴に追加され、ステータスの変更を見ることができ、パイプライン・マネジメント・ツールと繋いで管理することで、作業者と作品と時間などの情報をリンクさせることができる。

このような管理的なツールとしてブロックチェーンを導入すれば、制作スタジオのプロデューサーはもとよりアニメーターもリスクと利益の感覚を抱くことができるかもしれない。

ブロックチェーンがこうした主体性とモチベーションを持たせることに寄与できるとすれば、アニメのクオリティ・アップまたは効率の最適化に繋がる可能性がある。

締めくくりとして、ガジェットやソフト、OSを超越するユニバーサル・インク・ランゲージへの期待に触れた。

現在のようにデジタルと紙が混在し、様々なフォーマットが乱立する現場において、単に「素材」と言ってもどの部分や段階にトークンを付与すれば良いかがわからなくなる場合が考えられる。

そうした様々なシチュエーションを超越し、作業者が固有のID化されたツールを用いて記述するインク・ランゲージがあれば、素材のどの部分や段階であっても、誰がオーサーシップを持つのかトラッキングが可能だ。

最後になるが、筆者は日本のアニメ産業はまだまだ発展すると信じている。

「アニメ・スタイル」の作品は海外からいくらでも発出するだろう。

それでもなお、日本の構図やキャラクターデザインの力、そしてストーリーや演出術など美的感性は、そう簡単に体得できるものではない。

商品展開力は、いまだに日本に軍配が上がるだろう。

しかし、日本のアニメ産業が健やかな将来を生きられるように、私たちは全力で現状の課題を改善し、イノベーションを模索する必要があるのではないか。

クリエイターたちが悪状況から解放され、より自由に、より直感的に創作でき、その作品の実力が世界で正当に評価される時代が訪れるように、ビジネス側は、制作のプロセスを向上させる努力を惜しまず、新たなテクノロジーやアイデアを導入する挑戦を続けてゆくことを願う。

これまで本稿を含め4回にわたり、お付き合いいただいた読者の皆様に感謝の意を表しつつ、ここに筆を擱くこととする。

 

(終わり)

 

【本シリーズの過去記事】

第一回:デジタルアニメ制作が、アニメーターの運命を左右するかもしれないという話。

第二回:フルデジタル化でアニメスタジオがいくら儲かるか、徹底的に試算してみた。

第三回:アニメの未来は、作画なのかCGなのか。

 

出典

(1) https://www.cnbc.com/2019/12/29/disney-accounted-for-nearly-40percent-of-the-2019-us-box-office-data-shows.html

(2)

『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』はアメリカ国内で906億円($858,373,000)

『ライオン・キング』はアメリカで4574億円($543,638,043)。

『トイ・ストーリー4』は458億円($434,038,008

『アナと雪の女王2』は445億円($421,290,889)

『アラジン』は375億円($355,559,216)

(3)アニメ産業レポート2019https://aja.gr.jp/info/1483

(4) https://w.atwiki.jp/analoghack/

(5) https://www.ajpea.or.jp/information/20200124/index.html

(6) https://www.statista.com/statistics/438242/comic-direct-market-share/

(7) https://www.fastcompany.com/90456220/how-gagosian-gallery-is-selling-2-million-paintings-online-sight-unseen

(8) https://itsartlaw.org/2019/11/19/fractionalized-art-ownership-intersection-of-art-and-securities-law/#post-38277-footnote-1

(9) https://tokenist.com/thearttoken-tat-raises-over-11-million-on-swarm-through-tokenized-art/

(10) https://www.christies.com/features/Marina-Abramovic-The-Life-10193-3.aspx

(11) https://www.dazeddigital.com/fashion/article/44631/1/worlds-first-digital-blockchain-dress-clothing-sold-for-9500-beauty-3000

(12)  https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-art-failing-grasp-christies-ai-portrait-coup

(13) https://www.christies.com/features/A-collaboration-between-two-artists-one-human-one-a-machine-9332-1.aspx

(14) https://www.sothebys.com/en/search-results.html?query=animation%20cel