[Oct. ’17] 第57回ヴェネツィア・ビエンナーレ訪問前の予習Vol.1 – ベンジャミン・ブクローの解題:アン・イムホフの『ファウスト』に寄せて

2017年は、「ドクメンタ」、「ミュンスター彫刻プロジェクト」、「ヴェネツィア・ビエンナーレ」が一挙に開催された10年に一度のレアな機会であった。筆者は遅ればせながら10月23日より限定的ではあるが現地に赴くことになるが、その予習として、ArtForum(Sept. 2017)誌上に掲載されているベンジャミン・ブクローによるいくつかの中心的な作品についての評論文をここで簡単に解題しておきたいと思う。

ウォルター・ペイターの言葉を参照すると、彫刻は書籍のように陳腐化し、消え去ろうかとしている。しかし同時に、国際的には、彫刻や書籍に共通に備わった自然の素材(紙、木材、石、金属)は、もともとパブリック・スペースであったサイトをいかに引き立たせるかという際の具体的な言語となっている。この現象は1970年代に説得力のあった彫刻の定義、「彫刻はモニュメントとして、記念碑的な性格を持つ」を思い起こさせる。

当時の彫刻の動向を大きく二つの潮流に分けて考えるとすれば、まず一つはアナ・ハルプリンやマース・カニンガム、ジョン・ケージやフルクサスが、彫刻の物質性をパフォーミングな身体(※1)に置き換えたことが挙げられる。二つ目は、言語上の表現や建築的な介在を通じた、脱構築的な作品—-マイケル・アシャー、ハンス・ハーケ、ローレンス・ウェイナー—-による戦略である。

これらのアーティストたちは、パフォーマティヴなアクションが即時に観者との接点を築き、当時の彫刻の理想といえる共同の視点を実現できると宣言していた。それは、1960年代までの制度の前提であった主題間の、オブジェ間の、素材間の、建築的そして社会的な空間の構造的な区分を消し去ることを正当化させていたと言える。

しかし同時にこうしたアーティストたちは、次に立ちふさがる矛盾に直面する。それは、ポスト・デュシャンの時代にすでに顕在化していた、アーティストの制作における「スキル」や、事実に基づいた、ありのままの美学である。パフォーマティヴなアクションを通じて、観者はひとたび即時にアーティストとのコミュニケーションを、共同の視点を、つまりアートの慣例的な技術・神話・奥義からの自律を獲得していたはずが、そうではなかったのだということになる。アーティストたちは選択的に、美的感覚をたよりに制作をしていたことに変わりはないのである。(例:ハーケのVisitor’s ProfilesやロスラーのMonumental Garage Saleなど。)

1990年代までに、トマス・ハーシュホーンやアンドレア・フレイザー、ティノ・セーガルといったアーティストたちは、こうした彫刻的でパフォーマティヴな介在は、彼ら自身の客層にたいして「(言語)能力の拡張」という限定的なものに相当する自らを位置づける。当然の結果として、彼らの作品の彫刻的、空間的、パフォーマティヴな構造は、それが実施されるパブリック・スペースに所与の権力の仲介をどのように反映するのかという問いが生じてくる。最も大きなチェレンジは、現在アーティストたちは、(非)自発的に、流行のシステム、流行りのデザインなど、さまざまなスペクタクルの支配的な装置に償いの供給を与えていることを、どのように反映するかということである。(ダニエル・ビュランによる最近のマーク・ジェイコブス/ルイ・ヴィトンの富裕層向きの装飾的なデザインのプレゼンテーションを思い出してほしい。ビュランはもともと制度批評の実践者であった—-。)

ハーシュホーンなどは、特権的なアートの観衆や空間を逸脱して、政治的に変革を起こせるモードの参加的な作品を熱望している。セーガルなどは、パフォーマーたちを駆使して、世界規模で、より広範な発話と受容の条件を事実的な展示手法で行っている。

(※1)シモーネ・フォルティ、イヴォンヌ・レイナ―、ジャドソン・チャーチまで、そしてロバート・モリス、ブルース・ナウマン、ダン・グラハムまで。

Anne Imhof アン・イムホフ『ファウスト』2017(ヴェネツィア・ビエンナーレ:ドイツ館)


©Mousse Magazine

 

アン・イムホフの作品も、こうしたレガシーに依拠し生まれた作品のように見える。しかし熟視の後、イムホフの作品は、特殊な先延ばし、デフォルメ、地政学的な違いをもって、過去55年続いたポスト・ケージのパフォーマンス作品の戦略に影響するものであると気づいた。

スペクタクル消費の成熟した形式の批評的分析は世代間で異なるものである。アシャ―やフレイザーやシーガルでは考えることすら困難であるが、大企業の建築やファッション・システム、商業的な音楽制作などとの融合は、イムホフの作品では不可欠なものとなっている。

ドイツ館のデザインはドイツの銀行から得られているが、同時にドイツ車の最大のフェティッシュ—-自動車—-のショールームを模し、フランクフルトやベルリンのもっともエレガントな大通りのメルセデスのスローガン「最高か無か」を彷彿とさせる。イムホフは銀行やショールームなどに共通の「文化」を「ガラス」で表現し、一方強盗や襲撃から銀行を守る防弾「ガラス」と、他方ショールームなど上質な空間を提供するガラスを床面に貼り巡らせ、入口付近ではドーベルマンを配置して延々と吠えさせるなど、ステージの両義性を演出している。


©ARTnews

 

イムホフの意図が、たとえばブルーノ・タウトやミース・ファン・デル・ローエの表現主義のように、完全な透明化により閉塞的なプライバシーからコレクティヴなアクセス性への変遷を意味するものなのか、反対に大企業建築に慣例的なガラスの配置が、透明性を謳っていれども実際は秘密主義と管理を徹底するものであるというメッセージなのかは定かではない。

しかし、イムホフは大企業のガラスの壁をホリゾンタルに、つまりガラスの床として位相の転置を図っている。ガラスの床は実際の大理石の床より高い位置に持ち上げられ、そこでは観者が非自発的にパフォーマーとなる。こうした決断は、自ら伝統的な彫刻のマッスと垂直性を解体させる。同様の傾向は、60年代のカール・アンドレの作品や、1972年のヴィト・アコンチの『Seedbed』のように床の下に部屋を作り天井に置き換えたこと、1993年にハーケが、もともとヒトラーによって建造された大理石の床をすべて引きはがした作品など、枚挙にいとまがない。


©NY Times

 

対照的に、イムホフの防弾ガラスの館は、文字通り、デザインと観者に潜在するサディズムをむき出しにする。観者はまるで実験室の中に配置されたようにパフォーマーよりも上の透明なガラスに佇み、その間パフォーマーたちは、活力なく、小刻みに揺れながらエロチックに誘い、自慰的な呼びかけ、疲れ切った倦怠の中で、小さな炎のまわりに身を寄せ合ったりしている。パフォーマーたちはときたまガラス床の上に登場し、無表情で無感情な状態でAppleストアにあるようなアルミのプラットフォーム上に座ったり、集団でキャット・ウォークのスタイルでフォーメンションを組んで観者にもうろたえず歩きまわったりするタスクを実行する。

フォルティやレイナーの「タスク」に基づいたパフォーマンスは振り付け的な習熟を無効化し、シーガルによる完全な身体的・演劇的なパフォーマンスの撤退は「ありのままの生(bare life)」の美学を抽出するものだったが、もちろんシーガルによる自己批判は、窮極的にはパフォーマーたちの公的機関での視覚的・コミュニケーションの能力を活性化することにつながった。しかし、こうした生理学的・視覚的・現象学的な自己決定を、統制された空間と大企業の管理下に置かれた避けられない身体とに明け渡すことを、現在のアーティストたちはどのように思うのだろうか。ファッション・デザイナーの本物の陳腐さのみが、こうしたほんの少しの行動の裂け目を、全体主義の管理と消費の形式としてもう一度作り直させ、そして最も些細な差異をたかり屋のようにレディメイドへと変化させ、アーティストの実践が切り開く微小な裂け目を—-完全なるスペクタクルの値段で—-埋め合わせることができる。


©ArtForum

 

イムホフとパートナーのエリザ・ダグラスは、ファッション業界の貪欲で衝動的な自己肯定の形式を現代のアート制作に対する落胆とつなげるかたちで、こうしたラディカルに支配体制を転覆させるような批評的な割れ目(void)を、異常肥大した、ナルシスティックで個人的な集合的な障害の論理によって侵略すると決めている。

イムホフのコラボレーターやパフォーマーは献身的なボランティアで成り立っている。ワーグナーやジョセフ・ボイスのCongregations of Yoreの前例のように、アートはもともと従順なカルト的なものだが、ポスト・ケージのパフォーマティヴな時代に批判されたように、カルトはとたんに作品の、社会階層、政治の経済、観者のアクチュアルな日常の体験などへの批評的視座を失敗させてしまう。さらに悪いことに、カルトの構造は、アート作品を、権力の回路とわざとらしく計画された逸脱がよりどころとするお世辞に束縛し、常に非常にかぎられたコミュニケーションの形式を保証してしまう。『ファウスト』というタイトルさえ、この演技をドイツ文学史の基礎を成すテキストとアイデンティティとに連想させ、ボイスが1969年にゲーテの「Iphigenia」とシェークスピアの「タイタス・アンドロニカス」をフュージョンさせ、同様にドイツの系譜に自らをポジショニングしたことを原型としている。

こうして、ワーグナー、ボイス、イムホフまでのドイツの系譜は、コンテンポラリーであるということが、すなわち私たちの伝統的な文化的基盤の完全なる—-腐敗でないとしたら—-欠乏にコミットするということであるという事実、また、うわべだけのつながりや想像されたつながりは現在の文化的な実践の貧しさを埋め合わせるものではないという事実を否定する。

次々と移り変わっていく—-ベルリンのクラブやキャット・ウォークでねつ造されている—-「未来のコミュニティ」は、メランコリックな様相の若者のカルトを、社会による贖罪のナルシスティックな妄想として、日常のやぼったさからの逃避として演出している。反対に、もし仮にパブリック・スペースにおける彫刻による介在によって、ほんの些細でも、支配的な全体主義の権力への抵抗という啓蒙が誘発されると願うならば、それは融合ではなく分裂の結果である:個人と集団の関係性をより引き裂くことができ、サブジェクトとオブジェクトを和解不可能な反対項として分別でき、経験と表象を二項対立化できる、決定的なアーティストの能力—-言語的な、彫刻的な、そして建築的なオペレーションと、こうした形式のアート制作がほとんど行う術を持たない社会政治的でイデオロギーのすべてに、橋渡しができないほどの溝をどんどん拓いていくアーティストの能力なのである。


©Vogue