インド北東部紀行(第四話)「インパール作戦の証言」

「キグウェマにて、アンガミ族との一夜」
 
 「ヘイ、ヒサシ? ですか? 私はAirbnb上でメッセージのやりとりしていた、ホストの叔父です。」
 
 携帯越しに聞こえてきた英語が堪能だ、と思った。しかもアメリカ訛りがある。
 
 「コヒマの1日はどうでしたか? 一日中雨だったし、クリスマスなので静かだったかな。そうそう、前にメッセージしたように、親戚が日本軍に仕えていたので、引き合わせたいのです。」
 
 確かに、宿を予約した後で今回の旅の目的を伝えると、そういう会話になった。しかし、75年も前の話だ。1944年に日本軍に仕えていたとしたら、相当の長寿だ。
 
 「ええ、もちろん覚えていますよ。佐藤中将のことですよね。」
 
 「そうです、そうです。親戚が明日会えるというので。何時が都合良いですか?」
 
 「あぁ、そのことなんですけど、この宿に二泊する予定でしたが、明日はインパールへの移動日にしようかと思っています。バスの数が極めて限られているのと、なかなか時間を読めないので。」
 
 「おぉ、それは残念です。理解しました。うーん、ちょっと待ってて。」
 
 携帯の向こうで誰かと話している声が漏れ聴こえてきた。3分ほど経過しただろうか。
 
 「OK、今夜はこれから時間あります?」
 
 「今夜、大丈夫です。ホストの方々が夕食を作ってくれるようですので、それまでに戻ることができれば。」
 
 「OK、じゃあ少し待っていてください。すぐに迎えに行きます。」
 
 僕は携帯を切ってから、ホストに今話した内容を伝えた。食事のことは、後で叔父と連絡して、タイミングを合わせるようにしますと言ってくれた。
 
 ものの5分でホストの叔父はやってきた。ストーブの前に両手をかざして暖まっている僕の目の前に来て、握手を求めてきた。
 
 彼はナガ族の伝統衣装のウール製の手織りのショールを巻いている。顔立ちはまた、色黒の日本人のようだ。
 
 「さっき電話で話した、ニイサトです。よろしく。」
 
 「新里さん?」僕は思わず日本語で返事をしてしまった。それでも通じたようで、彼はイエスと返事した。
 
 「お召し物は伝統衣装ですか? ナガ族の?」
 
 「アンガミ族のです。私はアンガミです。この山の地域は全てアンガミ族です。」
 
 なるほど、Airbnbのホストも、ドライバーのケニセレもニイサトも、これから会う人もみんなアンガミ族なのだ。
 
 アンガミ族のショールは大胆な黒と赤の色面に、少しだけ黄色とか黄緑とか別色が差し色として入っているくらいなので、バランス良く、男らしさが光る。
 
 「これからキグウェマに行くところに、ちょうどケニセレの親戚の織物店があるので、見ていきますか。」
 
 「キグウェマ?」
 
 「あぁ、アンガミ村の名前です。」
 
 今日は博物館で何も見ることができなかったので、僕はそれはありがたいと伝えた。ケニセレも来てくれるようだ。
 
 急ぎ準備に取り掛かり、部屋からパスポートと貴重品を持ち出して、ニイサトの後ろを追った。
 
 宿を出ると、道の向こう側にディーゼルのエンジン音が聞こえた。ジープを大きくしたような四駆が停まっている。道を渡って乗り込むと、暗くて見えづらかったが、車内にはすでに三人がいた。
 
 フラットなバックシートに座ると、ブリブリとディーゼルの低回転の振動が背中を揺らした。
 
 運転席の初老の男性はニイサトの父で、後部座席の中央の若い女性が妹、左奥が母親ということだ。僕は挨拶をした。
 
 ニイサトの妹は少なからず英語が話せるようだったので、再び、今回の旅の理由に軽く触れた。
 
 アンガミ村への道は険しく、未舗装の泥道だった。車のアクセルとブレーキングによって、はじめ小さい穴であっても次第に深さと大きさを増してしまうような、典型的なクロスカントリーの山道だった。雨水が溜まった穴にタイヤが落ちると、その都度、泥水が舞い上がった。
 

 
 アンガミ村に着くと、目的の織物店には灯りがついていた。店内に入ると青年が出てきて、僕の後ろにいたケニセレによぉと挨拶した。ケニセレの従兄弟くらいの年齢だろう。アンガミ族はどこも大家族らしい。
 

 
 店内に入るとお客はいなかった。商品の量は多く、もはやウェアハウスのような状態になっていて、伝統衣装が床から天井まで積み上げられていた。じつにカラフルなものもあり、なんとなく、インパールからの道中に通ったMaoゲートで見た少数民族の女性達が纏っていたストライプのテキスタイルもあるように思えた。
 

 
 僕はせっかくなので、コヒマやインパールにある織物店やギフトショップで買えないような、アンガミ族特有の衣装だけ見させて欲しいとお願いした。
こっちだと言われて、奥のほうの棚に案内された。
 
 そこには、整然と畳まれてガラスケースに入った赤と黒のストライプの生地が見えたので、間違いなさそうだった。
 
 アンガミ族特有の特権的なデザインがあるようで、他の部族には使えないものがあるという。
 
 いくつか見せてもらううちに、ケニセレに試着をお願いして、一番男性に良さそうなものを買うことにした。良さそうというのは、強そうな、という意味だ。アンガミ族では男性は強さこそが美徳とされている。
 

 
 正直なところ、ニイサトが着ているショールと同じデザインのものを探したいと、従兄弟の店主に聞いてはいたが、それは無理だということで、話を聞いたのだった。
 
 ニイサトの家は代々戦士を輩出している家で、その男子に与えられる紋様は勝ち取らなければならない。そして、インシグニアのように意匠にしてショールに織り込まれる。つまり、織物店で買えるものではない。なので、最も一般的な男性が纏うショールを手に入れることにした。
 

 

 
 
 
  「アンガミ族と佐藤幸徳中将」
 
 僕らは車に戻って、先に進んだ。キグウェマの奥、アンガミ族の村に入ると、とたんに街灯が減った。ほぼ皆無に等しい。村には多くの民家が所狭しと立ち並び、私道はとても狭い。しかも、どこも急勾配で、マニュアルでローギアに入れたディーゼル車でも悲鳴をあげるほどだ。
 
 ニイサトが外に出て車をガイドして、なんとか目的の小屋の前の駐車スペースに滑り込んだ。ニイサトの両親と妹は、ここからすぐ近くの自宅に帰るというので、別れを告げた。
 
 ニイサトは僕を連れて、暗闇の中、石を並べられた滑りやすい坂道の下の方へ案内した。外気は冷たさを増していたが、風によるもう一段階の冷え込みはなかった。
 
 曇り空は地表からの若干の反射光を受けているのか、薄っすらと山際の境界線を教えてくれるくらいの明るさを保っていた。宿からのルートはアンガミ村のある山へと続き、もちろん部族の防衛のため展望は良く、視界はひらけているため、村からの正面側には遮蔽物はなかった。それでも幸い風は吹いておらず、村は静まり返っていた。
 
 10分ほど歩いただろうか。その途中で複数の私道の辻で立ち止まると、20段ほど上がった小高い踊り場に案内された。ここで村のリーダー格の人たちが会談し、政を行うという。その他、アンガミ族の風俗に関わる行事は、ここで行われる。
 

 
 すぐ下を見下ろすと、小ぶりではあるが、二階建ての簡素な鉄筋造りの建物が目に入った。ニイサト曰く、あれは村の若い男性たちが数ヶ月にわたって寝泊まりする宿舎で、戦士になるための訓練を受けるという。
 
 「戦士になるというのは、ナガランドの軍隊に所属するためのブートキャンプみたいなもの?」
 
 「ちょっと違っていて、他の部族と戦い、首を獲ってこられる戦士になるための鍛錬だね。もちろん、いずれはナガランド軍の兵士になるわけだけど。」
 
 「首!?」
 
 「ヘッドハンターだよ。ナガ族はみんなヘッドハンターだから。」
 
 事前の勉強不足で、ナガ族が首刈り族であることはまったく知らなかったので、正直驚いた。
 
 「アンガミ族の戦士になるには、相手の首を獲ってきて、この村の中心で儀式を行うのが伝統。」
 
 「今でもそうなの?」
 
 「もうさすがに首刈りは無くなっている。1990年代までにだいたい消えたかな。イギリスの宣教師が伝えたキリスト教が、次第にナガランドの部族間の伝統を鎮めてきたと言えるかもね。」
 
 僕らは広場を後にして、佐藤将軍に仕えた老爺がいるという場所に向かった。首刈りが存在する民族であれば、戦争を体験した長寿の人物がいてもおかしくないと、なぜか思えてきた。
 
 ここだと言われて視線をあげると、そこには木材の壁が剥がれかけているような、古びた小屋があった。小屋のすぐ脇には、斜面と崖の間のような落差が恐怖を覚えさせる。
 
 ガラリとニイサトが木製の扉を横にスライドさせたが、建て付けが悪いのか途中で止まってしまった。中から少し光が漏れてきた。ニイサトは戸を持ち上げるようにして戸を開けて、僕らは中へ入ることができた。
 
 屋内は薄暗く、光源といえば、奥に裸電球が一つあるだけだった。その光に照らされた人影が二つ見える。屋内の気温は外とさほど変わらなかった。
4畳半くらいの敷地は床ではなく、土を固めた土間だった。入って右手前には、地面に直に薪を置いて火を灯す簡素な台所があった。
 

 
 左奥と手前に座した老夫婦に紹介された。二人ともショールを纏っていて体格はわかりづらいが、おそらく80歳くらいだろうか。顔つきはやはり日本人のような特徴がある。
 

 

 
 ニイサトが老夫婦に話しかけて、僕のことを振り返って手でジェスチャーをしているので、きっと状況を説明してくれているのだろう。
 
 「今夜はすでに床についていたところを起きてもらったよ。」ニイサトがそういうので驚いてしまった。夜の7時半だった。
 
 「そうだったのですね! それはすみません。」
 
 老夫婦は穏やかな笑顔を浮かべた。何か言葉を発したので、ニイサトがすぐに通訳を入れる。
 
 「私はシエサ・ヤノです。そこにいるのは私の妻、シエトレイ・ヤノです。」
 
 「シエサ・矢野さん?」
 
 「シエサでいいですよ。あなたは・・・」
 
 「ヒサシと言います。」
 
 「あぁ、ヒサシ、ヒサシ。ニイサトから聞いていました。会うことができてよかった。日本人に会うのはとても久しぶりです。」
 
 日本軍の将官の一人に仕えていたというのが何より驚きだった。
 
 「なんと何歳くらいの頃ですか?」
 
 「今、94か95歳だから、若い頃だよ。」
 
 ピンと伸びた背筋といい、肌ツヤといい、80歳そこそこかと思っていたが、じつはそこまで高齢だったとは。おそらく二十歳になるかならないかくらいの時に、佐藤将軍に仕えていたことになる。
 
 「そうでしたか。お若く見えるので驚きました。是非、戦争の時のことをお聞かせください。貴重な資料になるかと思いますので、インタビューを録音しても良いですか?」
 
 ニイサトが話しかけていると、シエサが頷いている様子だったので、期待できた。
 
 「もちろんOK。」
 
 僕はiPhoneで動画を撮るべく、ONのボタンを押した。
 
 「あれは、冬が終わり切っていない、春の訪れがまだ遠い時期だった。」
 
 シエサはゆっくり話し始めた。僕らは固唾を飲んだ。
 
 「日本軍はコヒマの東と南からやってきた。はじめ30kmほど東にあるジェサミ(Jessami)に駐留していた英国軍のアッサム連隊と交戦し、あっけなく制圧した。多くの死者が出た。」
 
 「奇襲だったのでしょうか。」
 
 「それはわからない。とにかく日本軍は、それはそれは強かった。」
 
 「その頃、あなたはすでに佐藤将軍の配下だったのですか?」
 
 「まだだ。」
 
 「どのように戦況を把握していたのですか?」
 
 「他のナガ族のスカウトたちが各地を偵察して、情報を共有したのだ。」
 
 「ナガ族同士は仲違いしていたのではなくて?」
 
 「当時のナガ族はイギリスの統治に対して、ナガランドの独立を欲していたから、部族間の争いは少なかった。だからみんなお互いに助け合っていた。」
 
 「次に日本軍は、ここキグウェマの村にやってきたわけですね。」
 
 「厳密には、随分前から日本人は来ていたよ。コヒマが戦場になるより、5年も前だっただろうか。」
 
 この事実には驚かされた。
 
 「その頃、ナガランドのジャングルには、日本人の偵察が目撃されるようになった。彼らは村人に見つかると、一目散に逃げ去った。」
 
 「彼らは何をしていたのですか?」
 
 「山や川の位置を調べたり、ルートの確認をしたりしていたようだ。」
 
 なるほど、インパールからコヒマを通過して北のアッサム地方にはディマプルがある。ここは主要な補給ルートだったはずだ。ということは、太平洋戦争が始まる1941年の年末よりも前に、つまり日中戦争の頃、日本軍はインドとビルマから中国南西部に至る、連合国から蒋介石への補給ルートの制圧を目論んでいたことになる。
 
 「日本人の密偵はたまに村に紛れ込んで、食べ物を探していた。お互い顔つきが似ているから、敵とは思えなくてね。村人たちは日本人にコメを差し入れしていたよ。」
 
 「他人とは思えないとはこういうことですね。確かにみなさんと我々日本人は顔つきが似ているようです。ナガ族と日本人は繋がっているのでしょうか。」
 
 「ナガの言葉で日本人は『カグノマ』と呼ばれています。直訳すると、魚の民族とか、海の人という意味です。我々が山の民族であれば、日本人は海。ナガの伝承では、日本人とナガ族は民族的に繋がっている。」
 
 僕は頷きながら、後日もうちょっと調べてみたいという気になった。シエサは一息ついた。
 
 「ジェサミ(Jessami)からコヒマのルートはとても重要だ。ジェサミに残った部隊もあったが、西進した部隊もあった。そして、我々アンガミ族の村キグウェマは、インパールとコヒマを繋ぐ唯一のルートを眼下に見下ろし、コヒマを一望できる要衝だ。」
 
 「それで日本軍はここに駐留したのですね。」
 
 「駐留したというより、まずお願いに来たのだ。」
 
 今までマレーシアやシンガポールで聞いた話とは異なり、ここの軍隊は礼儀正しかったようだ。
 
 「はじめキグウェマに来たのは女性だった。女性の靴は先の割れたスプリット・トゥの履物だった。」
 
 女性がやってきたというのは時代的に言って、そのような外交役の役職としても極めて稀有な事情だと思えた。
 
 「彼女は礼儀正しく、村人たちにすぐに好かれたよ。アンガミ族は日本人を見て、同じ民族だと喜んでいたよ。」
 
 「すぐに女性だとわかりましたか?」
 
 「予想でしかないが、彼女は食材のことや料理方法のことをよく書き取っていた。そして子供の扱いがうまく、村の子供達からとても慕われていたので、なんとなくそう確信した。」
 
 「そういう順を経てから、佐藤中将らは入村したのですね。」
 
 「そうだ。彼の師団はここから少し行ったところにキャンプを張った。村人たちは日本軍に雇われて、ポーターとして荷物を運んだり、野菜や肉などを調達したりした。日本人は、ガカという葉野菜を一番好んで食べていたな。」
 
 「当時、キグウェマのアンガミ族の人口はどれくらいでしたか?」
 
 「1000人くらいだろう。」
 
 シエサは顔を上げて、遠くを見ながら記憶を辿っている様子だった。
 
 「私は若かったから、伝令として師団へ遣わされたり、通訳や、将軍の身の回りの庶務を行ったりする世話役になった。」
 
 「佐藤幸徳という人は、どのような人物でしたか?」
 
 インパール作戦の司令官は牟田口廉也という愚将がNHKのドキュメンタリー番組でよく紹介されるが、実際に現場で指揮していた将官たちは、あまり語られていない。
 
 「佐藤将軍は、村人に優しく、低姿勢な人だった。少し太っていたが。」
 
 シエサから笑顔が漏れた。
 

 
 「彼は四十手前の、経験と体力がみなぎった、最もピークの年齢だったと思う。彼は兵士を村には決して入れず、村の平静を保っていた。この家の二軒先に家があるから、後で見るといい。」
 
 「ありがとうございます。もちろん立ち寄ります。」
 
 「彼は食べることが好きだった。豚肉や鶏肉は村にもあった。将軍は、豚肉を手に入れると、焚き火で石を焼いて、その上に豚肉を乗せて焼いた。ポークチョップというのだろうか。とにかく、これが将軍の大好物だった。ナガ族にはこういう調理法はないから、将軍は村人に教えていたよ。村人も興味深そうに学んでいた。」
 
 「戦時下とは言え、文化交流は素晴らしいですね。」
 
 「近くに51 Hospitalというイギリス軍の病院があってね。交戦状態になるかと思ったら、連合軍が退却してしまった。それからしばらくは平穏だった。」
 
 「また交流できたのですね。」
 
 「そうだ。ナガ族は植物を石の上で潰してシャンプーを作るのだが、その石がインパール・コヒマ道路上にあるので、日本人とアンガミ族が一緒に横にずらして道を広げた。他には、日本人が食料が少ないというので、ナガ族のコメをあげたのだが、脱穀の仕方がわからないという。村人が日本軍のヘルメット(鉄兜)を鍋代わりにして、軍用のスコップの取っ手の部分でゴリゴリと潰して脱穀する方法を教えていた。」
 
 「コメを炊くだけでも大変ですね。」
 
 「炊くと言えば、師団のキャンプには炊事場がないというので、村人が湖のところまで兵士を連れて行って、そこで薪を組んで、飯盒に火をくべて炊いた。」
 
 戦争中でなければ、まさにキャンプだなと思った。
 
 「それから戦況が変わった。」
 
 「何が引き金になったのでしょう。」
 
 「佐藤将軍の第31師団のうち、コヒマ近辺に残った部隊は、イギリス軍と激しい攻防戦を繰り返していた。」
 
 「ギャリソン・ヒルの戦い。。。」
 
 「そうだ。戦争墓地を見ただろう。あそこだ。一進一退を繰り返して、4月初旬に日本軍はコヒマを掌握した。一時はコヒマから西側に向かったところにあるコノマ(Khonoma)に向かうジョトソマ(Jotsoma)まで連合軍を追い詰めた。」
 
 僕は手に汗をかいてきた。一度iPhoneをストップし、もらったチャイティーを啜ってから、またスタートさせた。
 
 「しかし、イギリス軍の第14軍がディマプルから東進し、コヒマに迫り、すでに疲弊し、食料の底が見えはじめていた日本軍が追い詰められた。」
 
 コヒマの攻防を含む一連のインパール作戦は、決定的に兵站に問題があったことは以前から知っていた。当時の牟田口中将は、食料を現地調達でまかなえると考えていて、ナガランドのインド系の軍隊は空砲数発で雲散するだろうという根も葉もない目算が、参謀本部でまことしやかに信じられていた。
 
 「日本軍は本当に辛そうだった。食料が足りないから、みるみる消耗してしまう。形勢は逆転し、ジェサミ(Jessami)付近のペク(Phek)では多くの日本軍が死んだよ。」
 
 僕はただ頷き、黙していた。
 
 「すでに日本軍が防御用に使っていた元イギリス軍の51 Hospitalには、多くの塹壕が残されていたが、運び込まれる兵士の数と軍医の数のバランスが崩れていて、治せるものも治せなくなっていたから、もはや病院の機能はとうに無くなって、遺体が塹壕に山積みにされるようになった。遺体は仰向けにされ、ブーツを上に上げて、重ねては、土をかけ、また遺体を重ねるという作業に村人は追われた。」
 
 コヒマの戦いは、東のスターリングラードの戦いと言われるほどの激戦として第二次世界大戦の歴史に刻まれている。
 
 「激戦区の渦中の三つの村の村人たちは村を棄てて、キグウェマに避難してきた。しかし、それもつかの間、4月末になると、合計5、6回にも及ぶ空襲がこの村を襲った。向かいの山からは、イギリス軍が大口径の砲台をこちらに向けて、容赦無く砲撃をしてきた。その両方が佐藤将軍を狙ってのものだということは明白だった。村人が残っていることは承知の上で、イギリス軍は銃弾を向けてきた。その時、何人も村人が犠牲になり、傷病を負った村人は20人以上だった。」
これが戦争の惨さかと、痛感した。
 
 「そうです、私の母もそうして亡くなりました。」
 
 突然、部屋の右側の調理場に座っていた老妻が発言した。
 
 「空襲では、爆撃のほかに、戦闘機による銃撃がありました。それが母の脊髄を貫通し、母は死にました。」
 
 僕は返答に困ってしまった。その時、シエサがまた発言した。
 
 「佐藤将軍は意を決して、退却に踏み切った。空襲が始まってから2ヶ月もインパール・コヒマのルートを死守したが、もはや兵站は尽き、麾下の兵士たちの命に関わると考えたのだろう。」
 
 部屋は重い空気に包まれて、僕は深く、だが静かに深呼吸をして、iPhoneの録画を止めた。
 
 「日本の兵隊はとても辛そうだった。何をするにもうまく行かず、単にコメを炊くことすらできず、補給は底をついていた。日に日に兵隊達は弱っていった。村人は助けようと頑張ったが、何も変わりはしなかった。」
 
 「そうでしたか。」
 
 「日本軍がやってくる前、51 Hospitalにいた連合軍は、それは羽振りが良かった。食べ物を村人に巻いたり、子供達には飴やチョコのようなものを配っていて、いつも笑顔だった。物資が余るほどあるという印象を持ったよ。」
 
 そして、シエサが佐藤の家を見に行こうと言った。ニイサトが先導して、僕らは外に出た。空気は澄んでいた。あまり寒さは感じられなかった。夜空は晴れ渡り、雲が割れていくつもの星が見えていた。
 

 
 数十メートルも行くと、崖にせり出したような小屋があった。控えめな作りで、他の村人の住処となんら変わらない。
 

 
 「佐藤が住んでいた時と全く同じ状態だ。」
 
 シエサは小屋に向き合い、静かに佇んでいた。そしてこう発した。
 
 「佐藤将軍は、ご存命か。」
 
 「もう亡くなられています。」
 
 「戦後の日本はどうでしたか。大変だったと聞きました。原爆が落ちたことも知りました。」
 
 「日本は奇跡的に高度成長を遂げて、今は豊かな国になっています。」
 
 「そうですか。佐藤も平和の時代に永眠できたのでしょうか。」
 
 「最後は英雄として讃えられ、安らかに息を引き取ったと聞いています。」
 
 堪らず、僕は明らかな嘘をついてしまった。
 
 文献によると、第31師団を率いた佐藤幸徳中将は独断で退却を実行したことにより抗命罪に処され、牟田口中将によって更迭された。抗命罪による死刑をも覚悟した佐藤幸徳ではあったが、軍法会議でインパール作戦の無謀さを追求しようと試みるも、不起訴となり、精神病を患ったとしてジャワ島に送られた。
 
 戦後、太平洋戦争の責任追及の波は激しさを増したが、陸軍の中枢部の関係者たちはこぞって佐藤幸徳ほかインパール作戦に従事した三個師団の将官たちが共謀して作戦を失敗に導いたと断固譲らず、佐藤らに責任を押し付けた。
 
 故郷に帰るも、佐藤は不名誉な軍人のレッテルを拭いきれず、また、弁明すらしないまま、1959年、ひっそりと病死したという。生前は、戦死者の実家へ赴いて線香をあげる姿が目撃されていた。後日、命を救われた兵士たちの戦友会により、山形県庄内市のお寺に佐藤幸徳の碑が建立されている。
 
 「そうか、佐藤は英雄として天国に行ったのか。彼は良い人間だった。」
 
 シエサは佐藤の家を見上げるようにゆっくりと顔を上げた。眼には瑞々しい輝きが浮かんでいた。僕はいたままれなくなって、もう遅いので帰りましょうかと打ち明けた。
 
 「まだ多くの兵士の魂がこの地に眠っている。私が目撃した場所だけでも、相当数の遺体がある。だから供養してほしい。ナガは日本人と同じだから。」
 
 「はい。」
 
 僕は帰国してから、何かをしなければならないと直感していた。だが、いったい何から始めれば良いのか。返事はしたものの、今は気持ちが整理できない。
 
 シエサの家まで戻ると、僕らは別れを告げた。
 
 「また来ます。それまでご夫婦共々、お元気で。」
 
 僕は御礼を述べ、握手して、ニイサトとその場を立ち去った。
 

 
 僕はニイサトの後を追って、急勾配の濡れた地面の上に光る石造りの階段に目を落としていた。
 
 月光が僕のシルエットを岩面に落としている。見上げると、夜空はすっかり晴れ上がっていた。明日は晴れる。コノマに行くなら絶好の日になるはずだ。
 
 「ポッポッポ、ハトポッポ、マーメーガホシイカ、ソラヤルゾー!」
 
 後方から、日本民謡『鳩』の歌が聞こえてきた。
 
 まさかと思って振り返ると、シエサが笑みを浮かべ、扉のところで両足でリズムを取りながら歌っている。そして小さく腕を振ると、家に入っていった。
 
 「ジャパニーズ・ソング?」
 
 ニイサトが僕の後ろから訊いてきたが、僕は返事ができず、立ちすくんでしまった。
 
 「ヘイ、ヒサシ?」
 
 シエサの家の向こうに、佐藤中将の家が重なるように見えた。ふと、窓を覆ったスノコから明かりが溢れたように見えたが、きっと残像なのだろう。
 
 将軍の家の向こうには、パトカイ山脈の豊かな山嶺が連なり、澄み切った空気が、その稜線から上に無数の星々を浮かび上がらせている。
 
 そして、その空の遥か向こうには、日本がある。
 
 
 (つづく)