恐るべき安達太良山のホワイトアウト

 

2021年1月3日 (日)

 

年越し寒波

年末から大西洋側に大雪を降らせた低気圧はいまだに猛威をふるっていた。

その一瞬の隙を突こうと思い、那須から90kmほど北上した福島県の安達太良山を目指した。

出発は朝6:45。

白河でガソリンを入れてから、まだ交通量の少ない国道4号線を北上した。

幹線道路から前方を見ると、晴天の中で安達太良山の上空に西から厚い雲が被さっていた。

 

二本松市から左に折れて、雪が踏み固められてアイスバーンになった山道を慎重に進み、安達太良高原スキー場の奥岳登山口に到着した。

 

9時だった。

スキー場はそれなりに混み合っていて、ゲレンデに響くJポップが昔と変わらないカルチャーだった。曲は広瀬香美の時代とは違って、紅蓮華など最近のものだ。

 

天候は晴れ。

近頃氷点下ばかりだったので、プラスの気温は暖かく感じるほどだった。しかし雪は深い。アイゼンを装着する。

 

準備を終え、いよいよ9:20に登山口をスタート。

ゲレンデのすぐ横にある登山道は、スキー客を横目に進むことになるため、少し不思議な気がした。

 

順調にスピードに乗って急登をこなしてゆく。

この急登のルートの途中で三人の登山者をあっけなく追い抜いた。そのうちの一人はバックカントリー・スキーヤーだ。上まで登りきり、平坦があったとすれば、すぐに追い抜かされてしまう。

 

今日、一つ目のミステイクはここにあった。

追い抜けば追い抜くほど、心理的に後ろから追われている側に入れ替わってしまうため、スピードを落とすことができなくなる。

前をゆく気持ちとしては、追い抜かれないようにスピードを上げて、休みたいと思っても止まれなくなってくる。

僕は身体がどんどん火照ってきて、背中や額に汗を感じるようになっていた。

晴天ということもあり、気温も上がっているようだ。スピードを上げると、汗が吹き出ている。

四人目の年配の登山者に追いついたときに、僕はやっとザックを下ろしてミドル・レイヤーを一枚脱ぎ、熱の篭ったヘルメットを外してザックに取り付けた。

ゴアテックスのジャケットのベンチレーションを最大に開けて熱を逃した。しかし、ベースレイヤーはすでに汗びっしょりになっていた。

このモイスチャー・マネジメントのミステイクは後からペナルティのように響いてくる。

 

勢至平への標識からくろがね小屋

半分雪に埋もれた勢至平への標識を通過して、ほぼ平坦な道をひたすら進んでゆく。

振り返ると、後方には二本松市を越えた向こう側の山嶺が見えた。南相馬の方向だろうか。

この辺りの道は歩きやすく、日差しが満遍なく降り注ぐので心地よい。

 

そして20分も行くと、正面に鉄山が見えた。山頂付近の岩場が勇壮な姿をしている。

 

そこから左側にカーブしてゆくと、遠方に四方を雪山に守られたような小屋が見えた。

くろがね小屋だ。

 

厳冬期でも営業をしているのは頼もしい。どうやら3月で小屋を建て替えるようで、それまでは無休かもしれない。

 

スキー場の穏やかな天気とは打って変わって、吹き付ける風が強くなってきていた。

小屋は営業中のため中に入らないかぎり休憩所としては使えないため、僕は小屋の横に立ったままメロンパンとホイップコロネを食べて、ペットボトルから水を一口飲んでから出発した。

くろがね小屋の先は立ち入り禁止区域だ。

温泉の源泉があり、有毒ガスが噴出しているという。

そして冬場は雪の下に埋もれた河川が邪魔してルートが取れない。さらに左右を急峻な山陵に挟まれて、雪が溜まりやすく、雪崩の危険もある。

登山ルートはくろがね小屋から左の斜面に向かって急カーブしている。

 

 

ここからしばらく急登だ。

場合によってはラッセルが必要な場所もあるが、一人二人ほどのトレースがあるのでうまく使えそうだ。

 

左手に篭山が見え、その奥には安達太良山が見えてきた。

もう1時間もあれば登頂できてしまうだろう。

僕は目の前に広がる雪原とフラットな稜線のトレースを見ながら、順調に進んだ。

雪は深い。トレースにはスキーとスノーシュー、そしてアイゼンの三種類が見えた。

 

スキーやスノーシューの足跡はあまり強く踏み固められてないため、若干脚が膝くらいまで沈んではしまうが、アイゼンの足跡を使えば安定している。

ここで第二のミステイクを犯した。

 

矢筈の森から「牛の背」

右側にある鋭く尖った山頂が魅力的だった。「矢筈の森」という山らしい。

相当な勾配があるが、数本のトレースがそこから下ってきていた。まだ時間的には余裕がありそうだったのでチャレンジしてみることにした。

僕は道を右の斜面に外れて、直登を開始した。

トレースはスキーとスノーシューのものしかない。アイゼンの足が深く沈む。太腿までは沈んでしまう。思わぬスローダウン。ペースが全く上がらない。

 

引き返そうかと思ったが、尖った「牛の背」と呼ばれる山頂が僕を呼んでいた。その直下には三人の人影がかろうじて見えた。行けるはずだ。

 

そこから30分もの間、僕はひたすらラッセルをしながら直登を続けた。

牛の背にたどり着く頃には、人影がバックカントリーのスキーヤーであることが分かった。彼らはロープウェイを使い、安達太良山の稜線から下ってきていたのだ。

僕は相当な体力を使ってしまった。息が上がり、ゴーグル内は曇り初めていた。

来た道を振り返ると、左側に二人の登山者のシルエットが見えた。いつの間にかガスが充満しはじめている雪原を登ってゆく彼らは、霞んで見えた。

 

スキーヤーに聞くと、そちらに登山用のトレースがあるらしい。

僕は左に少し現在地からずれると、牛の背はさらに上であることが分かった。牛の背のあたりにスキーヤーがいる。横にトラバースしているのが見えた。

僕の位置からはトレースすらない。さっきの三人のスキーヤーの一人が登っていったのかもしれない。

 

それにしても、牛の背までは完全なパウダースノーだった。

方向からして、左のトレースを行く登山者たちも牛の背を目指しているのかもしれない。だとすれば一度降りて登山ルートに復帰するよりも、上に見えている牛の背に到達できないか。

しかし今思えば、ルートを外れ、頂上を目指したい欲望のまま進んでしまったこと、これが間違いだったと思う。

牛の背に向かうパウダースノーは今までに増して深く、重い。115cmのトレッキングポールが完全に埋もれてしまう。

 

ラッセルを行おうにも、腰のあたりまで足を上げることはできない。懸命に足上げ運動を行ない、少し身体が持ち上がると、目の前の雪を両腕で手前に崩して、膝で固める。

この作業を何十回と繰り返した。息は上がり、身体が火照ってくる。たった1メートル進むのに体力を消耗してしまう。

そしてやっと牛の背に着いた頃には時を忘れ、辺りが完全にホワイトアウトしていたことに気づくのに時間を要した。

 

さっきのスキーヤーのシルエットが左側の遠くに見えた。僕は深い雪を懸命に漕ぎわけながら後を追った。

 

しかしいつの間にか彼の姿は消えていた。

牛の背の頂上で落ち合えると思っていた二人の登山者らの姿も無い。

 

ホワイトアウト

進むべき方向が判らない。

僕は冷静になろうと思い、牛の背の岩場を必ず右手に置いて、その左側つまり南側へと、ゆっくりとトレースしてゆくことにした。

岩場を越えると、深い雪は一旦収まり、次第に縦走路のように安定した雪原に変わった。そして、北側となる右側から雪まじりの暴風が吹き付けていたから、進んでいる方向は間違いない。

那須岳に続き、またしても吹雪だ。

この安定したアイスバーンと雪のバリエーションを縦走ルートだと思い、僕はしばらく進んだ。

その10分ほどの道程が、どこか、進行方向にあるはずの安達太良山に向かって左側にずれていっている感覚があった。

つまり、篭山、矢筈の森、安達太良に囲まれた中央部分の鉢へと降りて行っているのでは無いかと思えてきたのだ。万が一、鉢に降りてしまえば登り返しが必須となり、ホワイトアウトした状態で、それは危険に思えた。

吹き付ける風雪が顔にダメージを与えている。

 

ゴーグル内の視野が極端に狭くなっている。さっきの直登で汗ばんだ時の湯気がゴーグル内にこびり付き、一気に下がった外気温によって凍ってしまったのだ。

そういう不安定なコンディションの最中、僕の中では、今進んでいる道は左に曲がってしまっていて、どうしても右側の稜線を探して辿っていきたいという感覚が先行していた。

その時、向かって正面少し左の眼下50mほどにスキーヤーが伏しているのが見えた。そしてそこから左に視線を向けると、100mほど先に僕の場所より少し下がった位置にさっきの二人の登山者が見えた。

その時、僕は素直に彼らの方向に向かって降りてゆけば、安達太良山へのルートに復帰できたのだ。

しかし、彼ら鉢の方に降りていってしまっていると思われ、自分より右側に稜線があると確信してしまっていた僕は、彼らの位置はさっき僕が登ってきた牛の背の下側、つまりランデブーすればここまで来た道を後退してしまうことになると勘違いしていたのだ。

僕は踵を返した。

 

思い込みによるロスト

今少しだけ来た道を戻り、右側の稜線、つまり僕が安達太良山に向かえると思っている縦走路を探しに戻ったのだ。そして尾根に出た。ここが安達太良山へと続く縦走路だ。

それから30分、縦走路を見つけた僕は尾根を進んだ。だが凄まじい勢いの吹雪が吹き付けている。これは堪える。

暴風のおかげか、前方の奥に山嶺が見えた。きっと安達太良山だ。少し尾根から下がったところにも比較的安定したフラットなルートが見えた。

僕は風を避けるために尾根から左側へ下りながら、先を急いだ。奥に見える山嶺以外は、どこを見てもホワイトアウトだ。

いや、何かがおかしい。何故今まで気付かなかったのだろうか。

吹雪は自分の正面から吹き付けてくる。

風向きは、北西のはずだ。

僕はハッとして、外したくないグローブを外して、iPhoneで現在地を確認した。

なんと!安達太良山から180度真逆の縦走路を来てしまっていた。

つまり北側の鉄山の方に向かって、僕は進んでしまったわけだ。しかも縦走路から少し下ってしまい、猛吹雪に襲われる斜面にいる。ものの数分でラッセルのトレースは消えてゆく。

全くの勘違いだった。僕は焦りを押さえながら、今来た道を戻った。

しかし、往路の斜面は、さっきより急に見えていた。

北西から吹き付ける吹雪によってみるみる積もってゆく雪に恐怖し、もし斜面を落ちてしまったと考えると、僕は今来た道よりも先に縦走路の頂点に出ることを考えた。

それが三つ目のミステイクだった。

吹雪を背にむけて稜線を跨ぐと、確かに風雪は治まった。

しかし、見るからに、往路とは全く違う見た目の斜面が目の前にあった。

 

今までで一番急峻な斜面だ。

腰まで埋まる雪の中で、僕は足元の不安定さを気にしながら、胸のポケットからiPhoneを取り出し、もう一度GPSを見た。

そこは「牛の背」の北側の急峻な斜面だった。ということは、目の前に見えている、明らかに人を拒むような荒々しい姿の岩の尖塔の向こう側が、はじめに来たルートということになる。

 

あそこを登るのは無理だ。直感的にそう思った。

左を向くと、急な斜面は渓谷になっていた。

その奥に、うっすらとだが、小屋らしきものが見える。

 

目標を確保、しかしルートから外れる

GPSの位置からして、くろがね小屋だ。

あそこまで下れば安全を確保できる。

 

だが、このルートは下に温泉の源泉が湧いていて、有毒ガスが放出しているから立ち入り禁止だったはずだ。

この急勾配であれば逆から登るルートは無いだろう。つまりルートを作りながら下るしかない。

時刻は12:30。元のルートを戻って吹雪の中を登山道に復帰するか、それとも遠方ではあるが見えている小屋を目指して新しいルートを作るか。

僕はホワイトアウトした状況に戻るのは無謀だと思い、そのまま急勾配を下ることにした。

 

雪の深さは腰までの場合もあるし、吹き溜りとなった谷となった場所では胸まで埋まることもあった。

一歩一歩、少しずつ雪を崩して進んでゆく。

いや、落ちてゆくと言った方が近いかもしれない。その度に顔の付近までパウダーの雪を被る。

厳冬期の初めということもあり、下にアイスバーンは無い。

雪がまとまって崩れる危険は無さそうだ。

だから斜面を滑り落ちることもできず、進むというより前方に落ちては雪に埋まって止まるという印象が近い。

 

しかし、時には浅い場所があったり、岩場に遭遇したりすることもあり、その時には雪に埋もれると確信している足が急に硬い物でストップするから驚かされる。

なるべくストックで行先を突いてから進むようにしているが、数十センチ違うだけで深みがあることもザラだ。

その度にグローブとジャケットの隙間に少し雪が進入してくる。

振り返ると、落ちるように下ってきたトレースがくっきり見えていた。

短い距離で一気に200mは標高を落としたのではないだろうか。

 

斜面の底が近い。

だが少し勾配が緩くなってくると、今度は谷が狭まってきた。

その間には雪がこんもりと盛り上がって丘陵になっている。それらは谷の進行方向に向かって蛇腹のように折り重なっている。

きっと岩と岩の間に雪が吹き溜りになっていて、その横に落ち窪んだルートがある。雪は浅いに違いない。

 

腰以上の高さの重い雪にうんざりしていた僕は、真っ先に低い場所へ向かった。

その時、今まで以上に深い雪の下に落ちた。

雪が胸の高さにくるまで落ちて、アイゼンが砂利や小岩をガリっと掴んだ。

足元に雪は感じない。その代わり、水の抵抗を感じる。

深い雪の下には、源泉が湧き出す小川があるのだ!

雪山で水に濡れることは死を意味する。

僕は焦って、後退りながら、右側の雪の斜面を掴んで、2mほど這い上がった。

上に出ると、まずは小休止して、水の侵入が無いか確認した。

大丈夫そうだ。

そうか、くろがね小屋から奥の源泉の小川は、深い雪を解かすまでではなく、雪の下を流れているのだ。

丘陵のようになっている部分が地面で、谷になっている部分に小川が流れていると考えたほうが良い。

だとすると、また斜面の深い雪へと戻らねばならない。

しかし渓谷は狭くなり、選べるルートが減ってくる。何度か、必ず小川を超えなければ岩場を攻略できない箇所もあった。

一度は、丘陵と小川との落差がありすぎて、丘陵の斜面をトラバースしようと試みた時には、小川の左右を人工的にサンドバッグで固めてあったため、急にアイゼンが引っ掛かり、危うく下に落ちそうになった時もある。

反対に、雪の上に顔を覗かせている小川を越えようと渡ってみれば、思ったより川幅が広く、その奥にまだ続いるため、アイスバーンと化したサンドバッグの「城壁」をピッケルを使ってクライミングしなければならない時もあった。

そうこうしているうちに、くろがね小屋が近づいてきた。

足元には木道のような感触も増えている。安定してきた。

 

くろがね小屋に帰還

立ち入り禁止のロープを超えて、くろがね小屋の横に出た。

やっと少し落ち着いた。

 

しかしアクティブに降ってきたとはいえ、汗冷えを感じた。小屋に入れば別だが、そうでなければ、休まずにこのまま進まねばならない。

上空を見ると、午前中とは打って変わってどんよりとした雲に満たされ、雪が降っていた。矢筈の森や鉄山への尾根で体感した風雪がこちらまで到達しようとしているのだ。

小屋で休めば、その分、下山が困難になる。そう思って、僕は先を急ぐことにした。

小屋を出てすぐ、矢筈の森で出会ったバックカントリー・スキーヤーともこの道で再開した。

一度先を越させてもらったが、勢至平あたりで後ろから追い抜かれた。

今回の登山ではスノーシューやスキーを持ってこなかったのが悔やまれる。これらの機材があれば、深い雪に悩まされることは無かったはずだ。

しかし、頂上付近の新雪をラッセルしながら行動していたのと比べると、登山ルートは天国のような快適さだった。スピードも上がる。

 

1時間もすれば、森林の中の登山道に変わり、急ではあるが安定した下山をこなすことができた。

森林の奥から、次第に安達太良高原スキー場のゲレンデに流れるJポップが聞こえてくる。文明が近い。

 

14時過ぎ、駐車場に到着した。

 

「奥の岳」温泉で回復

すぐにアイゼンを外し、ブーツを脱いだ。

あれだけ源泉の川に浸かっておきながら、水は進入していなかった。Scarpa Mont Blanc Gore-texは優れものだ。

悴む手を擦りながら、濡れたウェアを脱いで着替えた。そして、やはり思った以上に身体が冷えていることを知った。

車のエンジンをかけて車内を暖め、iPhoneで近くの温泉を探した。

ちょうどゲレンデの横にある「奥岳の湯」は設備が新しく値段もこなれていて人気らしい。

悪天候になりつつあるゲレンデには滑っている客も減ってきていたので、そこまで混んでいないと踏んだ。

まだ新しい建物なのだろう。設備が整っていて、内湯の他に、マリーナベイサンズのようなインフィニティ温泉とでも呼べそうな露天風呂があった。

まずは内湯から。42℃はあるだろうか。冷えた身体に熱い湯が滲みるようだ。温度差から、手足の指先は痛いほど冷たい水に浸かっているように錯覚するほどだった。

硫黄の泉質は那須の湯に似ていた。しばらく露天風呂に入って寛いでいると、雪の強さが次第に増してきた。

はじめ鮮明に見えていた登山道とその向こうの低い山影はいつの間にか消えて、その近辺はホワイトアウトしていた。やはり山頂から小屋を通って、雪雲が東に進んでいる。

小屋で一休みしていれば下山道の視界が悪かっただろう。

45分ほどゆっくり風呂で身体を温めてから車に戻った。

雪は強さを増していた。車で下る山道には相当量の雪が積り始めていた。

僕はゆっくり下り、平地に復帰した。

 

上の降雪が幻かのように思えるほど、下界は穏やかな晴天に恵まれていた。

西の方に傾きつつある太陽が金色に染める山側の雲が美しかった。

その雲が豪雪を降らせる厄介な存在とは想像しがたい。

そして、その雲を山々の向こうからこちらに押し出している大型寒波のことも忘れさせてしまう。

正月三日の穏やかな夕日を立体的に演出する雲を見て、郡山の人々のいったい何人が、僕のように空を見ていただろうか。

(おわり)