2021年1月1日 元旦
登山初め。2020年は大晦日まで仕事だったため、元旦を心待ちにしていた。
今年は喪中のため、お祝い事を待ち望んでいたわけではない。元旦の雪山登山を待っていたのだ。
大晦日にウェアを選定し、ギアを全て調整しておいた。

今回のウェアとギアは下記の通り。

那須岳とはいえ、厳冬期ともなると本格的な雪山に変貌する。
しかも今年の年末年始は大型の寒波に見舞われて積雪は例年より多く、そして吹雪いているという。
頂上はマイナス15℃の予報が出ていて西からの寒波による風雪が予測される。
少しでも風から自らを守るために、僕は沼ッ原湿原側のルートから登り、那須岳に向かって打ち付ける風雪を背中に受けてダメージを減らそうと考えた。

沼ッ原湿原へ
出発は8時。少しでも朝日が雪を溶かしてくれるほうが都合良い。
順調にリゾート地を登ってゆくが、沼ッ原湿原に向かう道に入ったとたん、除雪車が入っていなかった。
数本の車の轍があるが、それも突き当たりのホテルまでで、そこから左折して本格的な山道が始まると、道は新雪に埋もれていた。
そこからできるだけ進んでみたが、やがて通行止めのゲートが降りた場所まで来た。

12月1日からGWの前まで冬季通行止めとある。Google Mapでは行けるようになっていたので拍子抜けした。
僕は一度降りて、せっかくなので深い新雪でスノーシューを試してみることにした。
効果てきめん。これは良い。

深い雪の上を浮遊し、登り坂でもシューの裏側にある鋭い歯が雪をしっかり捉えてくれる。
そこで20分ほど歩いてから、車に戻り、さてどうしようかとiPhoneで厳冬期の那須岳を調べてみた。

那須岳のほうも、ロープウェーより下の大丸から通行止めであることは以前から知っていた。しかし雪山登山をしている人たちがいるということは、どこかにルートがあるに違いない。
調べてみると、登山客は大丸に車を停めて、車道を縦方向にショートカットにする登山道を利用していることが分かった。
僕はすぐに出発した。
那須温泉神社から大丸へ
那須の湯本に差し掛かった時、ちょうど良かったので温泉神社に立ち寄った。
今年はコロナの影響で、人が少ない。駐車場も空きが多かった。例年であれば、温泉神社までのアプローチの道が渋滞してしまい、30分から1時間は待たされる。
僕は参拝してから交通安全守を受け取るべく、お金を納めた。

再び車に戻り、大丸を目指す。
道路には積もってからタイヤで固められた雪が敷き詰められている。
大丸に到着した。車は数台あった。
雪が強めに降っている。今のところ風はないが、雪の量が多い。
すぐにブーツを履き替え、サングラスではなくゴーグルを装着してから、ヘルメットも被った。ザックの外側にはスノーシューを背負った。
いざ出発だ。
登山開始
大丸の登山口をスタートしたのは9:50だった。
はじめ雪で原形を失った階段を登ってゆく。雪が深くて、ブーツが捉えきれない。

はじめのセクションを登ってから、僕はすぐにアイゼンを装着した。

ロープウェーの駅は10:15に通過。

10:30には峠の茶屋の奥にある登山指導センターで登山届を提出した。
初老のレスキュー隊員が言うには、峰の避難小屋まではトレースがあるかもしれないが、頂上までのルートでは期待しないほうが良いらしい。そして、雪の深さは腰くらいまであるようだ。
僕は気を引き締めて先を進むことにした。
登山道の鳥居は雪のせいで低くなっていた。

森を抜けると、前方から強い風が吹いてきた。
ちょうど進行方向が西側であるため、吹き付ける風雪を体の前面にもろに食う。僕はMammutのゴアテックス・ジャケットのフードを上げて、雪が入らないように遮断した。
10:50、前方に登山者を発見。

ペースが上がらないようで、すぐに追い抜いた。
この先さらに吹雪いているから、引き返すと言っていた。僕は行けるところまで行ってみますと伝えて、先を進んだ。
前方はホワイトアウトしていてルートがわかりづらい。右側には深い谷があるはずだ。
那須岳は以前より何度も登ったことのある山だったから、方向は分かっている。
前方からの暴風と巻き上げられた雪に苦悶しながら、僕はなんとか峰の避難小屋に到着した。

尾根の向こうから、さらに強力な暴風が吹き寄せてくる。身体が持っていかれる。
Suuntoを見ると、気温はマイナス10℃だった。立ち止まれば凍てつく風にダメージを被る。
僕はすぐに左奥にある冬場の入り口へ向かった。入り口は底上げしてあって、普通より小さい。
壁のサインには「アイゼンを外してから入ること」と書かれていたが、僕にはその時間が無かった。
峰の避難小屋
そのまま中へ侵入して、ザックを下ろした。他に登山者はいない。
すぐにザックの中からJet Boilを取り出して、サイドポケットから水を注いで湯を沸かし始めた。

手が悴んで動きが鈍い。
登りで手が汗ばんだところで脱いでしまったから、凍ってしまう。小屋の中でもマイナス5℃くらいしかないだろう。
ネックゲーターすらも凍ってしまっていた。

額から外したゴーグルの内側に溜まった水気は一瞬で凍りついていた。
これでは視界が狭くなり危険だ。
グローブで擦ってみたが取れない。仕方なく息を吹きかけて一瞬解凍されたところをグローブで擦ると薄氷は取れた。
そのうち湯が沸いて、大部分をいつものカップヌードルに入れて、余りをコーヒーカップに注いで、スティック状の粉末カフェオレを作って、3分待つ間に身体を温めた。
ヌードルを食べ終わる頃、二人の男女の登山者が小屋に入ってきた。
コンディションが悪すぎるので、今日はここで引き返すらしい。
「上まで行くんですか?」と聞かれて、とりあえず目指しますと応えた。
身体も温まったことだし、片付けをしてから、気合を入れて外に出た。
いざ茶臼岳
出た瞬間に、右側つまり西側から吹雪いてくる強烈な風雪に洗礼を受けた。
一瞬にして顔がヒリヒリと痛くなり、髭に着いた水分が凍った。
那須岳の主峰・茶臼岳までの分岐点までの登りは、向かって右から打ち付ける暴風でザックが常に左に流され、同時に進んでいるルートも若干左に寄りながらの進行になった。
ほとんど前が見えない中、登山道をよく知っていることが幸いして、無事に分岐から左に折れて、那須岳を右手に見ながらぐるっと時計回りに登るルートを脳内で想像できた。
那須岳の南側に回るということは、強烈な吹雪からも、もしかしたら開放されるかもしれない。
12:20、試しにグローブを脱いで写真を撮ってみた。
これは間違いだった。吹雪は収まるどころか強さを増していて、すぐに手が凍りついた。すぐにグローブに戻したが、痛さが尋常ではない。今まで手がこれほど寒さで痛さを感じたことはないかもしれない。

そこから先は、登山のみに集中することにした。
まだ岩場が見えていることが幸いして、イエローのペンキで塗られたルートの表示は視認することができた。
だが岩場が終わりラッセルをして自らルートを確保しなければいかないセクションが到来した。
雪は深く、膝から太腿まで覆い隠される。じっくり、そしてゆっくり確実にラッセルを繰り返す。
無事に頂上を一周するお鉢巡りの分岐点に達することができた。そこから先、頂上へのアプローチは、余りにも強い風によって雪が飛ばされ、安定したアイスバーンだった。風は強いが歩きやすい。
1919mの頂上には12:45に到着。

山頂にて
一瞬風が止んだので、ここぞとばかりに写真の撮影。

しかし四方どこを見てもホワイトアウトだ。仕方なくセルフィを撮ったり、社を撮影したりして事を終えた。

ここに滞在すれば危険だ。
僕は5分も経たないうちに下山を開始した。
お鉢を反対方向、つまり反時計回りに降ってゆき、先ほどの分岐点に出た。
そこから先はしばらく深い新雪を下るルートだ。
さっきラッセルをしておいた場所だが、たった10分余りのうちに、ラッセルのトレースは消え去っていた。

僕は往路の時、ラッセルをしながらランドマークを目に焼き付けておいた。
岩場と稜線、そして自分を中心にした三角形を描いて位置を把捉する。
帰路においても同様に位置を確認して、正しいルートを導き出した。
そして深い雪原をやり過ごし、岩場にたどり着いた。ここまでくれば分かりやすい。

吹き溜りになって雪が深い場所も多いが、道迷いはない。
岩場の中を順調に下り、少し普段のルートからは外れながらも見失うことは無く、茶臼岳までのルートとの分岐点に戻ってきた。
下山、そして鹿の湯
ここを右に降りてゆけば峰の避難小屋がある。
小屋が見えない。
往路よりもホワイトアウトしている。

ルートを知っているので、進んでゆくと、吹雪の隙間にかろうじて小屋が見えた。
良かった。間違ってはいない。
小屋まで戻ると、そこはすでに危険レベルの暴風に見舞われていた。僕は立ち止まることなく、そのまま下山道を進んだ。
下山道はほとんどトレースが消えていたが、風は背後から吹き付けているので、目を大きく開いて前方を見据えることができた。
森に突入すると途端にさっきまで荒れ狂っていた風は収まり、指導センターまでは素早く降りることができた。

そこからしばらく車道を突っ切って登山口まで到達した。
車に着いてからは雪が強まっていたため、エンジンをかけてから素早く着替えた。

帰り道に湯本の鹿の湯に入って冷え切った身体を温めた。

非常に厳しいコンディションではあったが、無事に元旦の登山を終えることができた。
今年の登山の旅は先行きが明るい気がした。
(おわり)